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初めてのぼっち年越し

「もうすぐ紅白歌合戦が開催されます」
12月31日。NHKのアナウンサーを声を聞きながら
生まれて初めて、自分に買った日本酒「酔仙」の蓋をあける。
「今年ももう終わるなぁ…」
そう独り言を言いながら、小さな陶器のコップに日本酒を注ぐ。
その横には、池袋のデパ地下で買った惣菜とぶっかこうな手作りの卵焼き、そして、数時間前に仕込んだ漬けマグロが乗った皿が置かれている。

画面がウッチャンに変わった。いよいよだ。
紅白歌合戦開始の合図と同時に、日本酒をゴクッと飲んだ。
そして、自分のために用意したごちそうの味を噛みしめる。

2020年は、とんでもない1年だった。
まさか大学の卒業式がなくなるとは思わなかったし、オリンピックがなくなるなんて思わなかった。
「ずっと家にいろ」っていわれて2ヶ月もこの小さな部屋に閉じ込められて、誰とも会わない日々がくるなんて思ってもみなかった。
最初は、こんなアンビリバボーな日常に戸惑ったし、怒りも感じていたけれど、それが気がついたら「普通」になっていた。
人間の適応能力って怖い。だから、何億年も生きてこられたんだろうな。

私は、ここ1年地元・宮崎に帰っていない。
今までは、この紅白歌合戦も家族とご飯を食べながらワイワイ見ていたはず。
今年は、コロナの影響もあり、帰省を断念。
日本酒と二人っきりの年越しとなった。

初めてのぼっち年越し。
とにかくおいしいものを食べてやる!とこの日のために、池袋のデパ地下を2日連続で通って食材を選んだ。
デパ地下は、私のような若いおひとりさまはいなく、老夫婦、中年夫婦、若いカップル、家族連ればかりだった。
「みんな誰かと一緒に過ごすのか…」
心の中に小さな黒い穴が開いた。

少し寂しい。一人は寂しい。そんな寂しさを紛らわしたくて、私は日本酒を飲む。
この日のために買った日本酒は750ml。
このくらいの量があれば十分に酔えると思っていた。

とにかく酔いたかった。
今日だけは、今年あった嫌なことを忘れたかった。
一人ぼっちの年越しがなんだっていうんだ。
お母さんのお手製のおせちが食べられないなんてなんだっていうんだ。

紅白で今年流行ったアーティストたちが歌を披露していく。
とにかく飲んだ。
そんな私を止める人なんていない。

気が付くと、750mlの瓶の中の液体が半分になっていた。
まだ、飲もう。そう思ったけど、なかなか次のお酒に手を伸ばすことができない。
意識はまだある。
ちゃんと友だちとLINEの会話が成立している。
私は、まだまだ。まだ飲んで、酔っぱらうんだ…。

「おまえは、楽しく崩れていくよね」
好きな人の顔が頭をよぎる。
私が1番酔っぱらった姿を知っている唯一の存在。
マスクをしていて目しか見えないが、その下でいたずらっぽくニヤついているのが分かる。
その茶色で大きな瞳でこちらを見られるとドキドキが止まらない。

死ぬほど酔っぱらってしまったとき、私は1人で日本酒を4合くらい飲んだ。仕事で初めてパンクをした、あの次の日だ。
自分が本当に嫌になっていて、辛くて、全てを忘れたくて。
めちゃくちゃ飲んだら、仕事の不安もなくなっていって、明日から頑張れそうな気がした。
そんな私を、横で彼は見守っていた。時折、私の口から出てくる不安、愚痴を彼は全て受け止めてくれた。
「分かっているよ。おまえのことは分かっている。」
何度も、何度もそう言ってくれた。
あの時、彼が隣にいたから、私は自分の弱さをさらけ出すことができたのだろう。
彼がいたから、あそこまで酔っぱらうことができたかもしれない。
私は、壊れたラジオになっていた。

日付が変わり、1日になった。
何で、今日はラジオになれなかったのだろう。
一人だとなかなか酔えない。
お酒は誰かと一緒に飲むからおいしいっていうのが身に染みたし、
一人だと、めちゃくちゃ飲もうと思ってもなかなか量は飲めないし。
寂しさを紛らわしたくて飲んでいたのに、余計寂しくなった。


誰かに会いたい。
「あけましておめでとう」って言いたい。
来年は誰かとこの瞬間を共にしたい。
「今年もいろいろあったね」と笑い合いたい。
そのとき、隣にいるのは茶色の瞳をしたあなたがいい。
最近、明るい緑色のアイコンになったLINEを開く。
そして、あの人の名前を探し始めるのだった。

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