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身分相応を楽しむ

老子のテキストを読むのに、英訳はどうなっているか見てみると発見はあるだろうか、と思いつきました。

そこでTao Te Ching: The Taoism of Lao Tzu Explained (English Edition) (Stefan Stenudd訳)という老子の英訳をkindleで購入してみまして、田口先生の今月の課題である12章を読んでみました。

目や耳、味覚から感じる刺激や狩猟などの刺激にのめり込み過ぎる贅沢な暮らしを戒め、英語の解説では”moderation”となっていましたが、何でもほどほど、分相応を楽しまないと命を削る言った内容の章句ですが、

英訳では「腹の為にして目の為にせず」の「腹」はbellyと訳されており、解説では人間の気を作り出す、下腹あたりにある丹田の重要さが書かれていたのは印象的でした。

「腹の為に」というのは生きるために必要な食事が大事なのかなといったイメージを持っていましたが、人間の気を作り出す丹田という風に考えてみると、外界からの刺激を追い求めるのはそこそこにしておけ、自分の体の中に自分の生きる気を作り出す大元があるのだと老子は言っているのかと感じました。

昨日の禅語の「赤心片片(せきしんへんぺん)」もそうですが、老子とか禅は自分の内側に注意を向けよ、それによって生み出される生きる力があるといったことを言っているのかなと何となく感じます。SNSとかで世間や他所の事、特に華やかなことや目立つことが気になりがちな現代社会には考えさせられますね。

以下の老子のテキストは日本語は田口佳史先生の「老子道徳経講義」、英語は上記のStefan Stenudd氏の訳によるものの引用になります。

五色(ごしき)は人の目をして盲(もう)ならしむ。五音(ごいん)は人の耳をして聾(ろう)ならしむ。五味(ごみ)は人の口をして爽(そう)ならしむ。馳騁(ちてい)田猟(でんりょう)は、人の心をして発狂せしむ。得難きの貨(か)は、人の行(おこない)をして妨(さまた)げしむ。ここをもって聖人は、腹の爲(ため)にして目の爲(ため)にせず。故にかれを去(さ)りてこれを取る。

The five colors blind the eye. The five tones deafen the ear. The five flavors dull the mouth. Racing through the field and hunting make the mind wild. Searching for precious goods leads astray. Therefore, the sage attends to the belly, And not to what he sees. He rejects the latter and chooses the former.

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