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寵愛は得れば必ず失う

昨日の午後は、病室で田口佳史先生の老子講義をzoomの録画で聞きました。コロナの状況になってから田口先生の講義もzoomとなりましたが、毎年7月、8月は暑い季節が苦手な先生は講義は録画配信となっています。私としてはzoomだと特に入院中はライブ参加は難しいこともありますが、後日に録画で受講することもできるし、とても助かっています。

7月の課題の録画は先生が1時間半ほどかけて老子道徳経から3つの章句を解説してくださる内容でした。

その中でも「猒恥(けんち)第十三」は特に思い出深い章句だなあと色々と回想をしました。

私が友人と一緒に田口先生に中国古典を教えていただくようになったのはもう今からは10年以上前の2007年のことでした。当時、私は外資系の銀行に勤めていて客観的には大した仕事もしていなかったと思いますが(笑)、なぜか仕事をやたらと辛く感じてもう自分には会社員を続けることは無理ではないかと考えるようになっていました。

私は独身ですし、若い頃からワークライフ重視の働き方だったので、残業時間が長くて辛いと言うことではありません。私は良くも悪くも要領がいいというか、適当な時間で適当な結果を出すことは得意だったように思います。仕事に対して何となく感じていた違和感の正体は、今考えてみると利益重視、個人プレー重視、上昇重視の「半沢直樹」みたいな(笑)外資系銀行の価値観が自分の個人的な価値観とずれていたというところが大きいかなと感じますが、当時はそれでどうしたらいいのかも答えが出せず、苦しんでいたように思います。

仕事では認めてもらっていたように思いますが、当時はそれを有り難いと感じることもできず、日系企業よりは随分早くダイバーシティを経営の柱と考えていた外資系銀行では、女性であっても結果が出せればどんどん仕事を任されると言う環境についても、好ましいと言うより鬱陶しく感じていました。この点は今思えば何と愚かなのかと言う他ありませが、まあ、2007年頃の私はこんな感じに愚かで何も分かっていなかったのが事実です。それで物事の真実の道理を教える中国古典の学びは衝撃でした。

私には自分の中のどこを探しても上昇志向は無く、あるいはこの銀行でもっと上のポジションに行きたいと言った欲求は皆無でした。この銀行でVice Presidentとかになって大都会の摩天楼にガラス張りのオフィスを与えられ、そこで嫌味なストライプのシャツと派手なネクタイとキラキラ光るカフスボタンをつけたバンカーと仕事の話をするのが自分の将来なのかと思うと心底そんな未来は嫌だと感じていました。今こうして書いていても馬鹿じゃないのっていうか、ほぼコメディーだと思いますが、本気でそんな風に悩んでいたのです。

それで猒恥(けんち)第十三ですが、「寵辱(ちょうじょく)驚(おどろ)くが若(ごと)し」と教えていただきました。

意味は、寵とは寵愛のことで、寵愛は得れば必ず失うものだから、その反対=辱で辱めを受けることも必ずあると言うことです。寵愛を得たと言って大喜び、寵愛を失ったといってまた青ざめる、といった生き方をしてはいけない、と言う諫めです。

銀行での評価と自分が欲するものの大きなギャップに悩んでいた私は、結局のところ周囲の評価に深く囚われていたと言う他ありません。力の入れどころが違うんだよっていうか。

会社員をしていると、「そんなこと言ったって、会社員なら上司の評価が全てでは」と表面的には思うかもしれませんが、もっと深いレベルではこれは本当に真理で、人の評価に身を委ねて生きると言うことはとすごく危険な生き方です。なぜなら、目を開いてよく見て見れば人の評価くらいいい加減なものは無いから。組織で上司が変わると人の評価が変わるとか、状況が変わると人の評価も変わるということは、いくらでも普通にあることで、その時にいちいち驚いたり喜んだり落胆するのは止めておいた方がいいと言うのは、一度気づいたら当たり前のことです。

また確かに会社員であれば尊敬できる上司のもとで働きたいと考えるのは自然だとは思いますが、一方で上司と部下の関係は続いてもせいぜい4年とか5年程度ではないでしょうか。自分で望む以上に転職を繰り返してしまった私はこの点には注意が必要だと考えてきました。「この上司の下で働きたい」と思える状況や、そのような出会いは素晴らしいですが、その関係は組織の中では続いてもおそらく4、5年だということも知っておいた方が良いと思っています。

「寵辱(ちょうじょく)驚(おどろ)くが若(ごと)し」の裏のテーマとしてあるのが「自分で本当にいいと思うように生きろ」と言うことです。中国古典を勉強するようになってこのことも本当に自分に迫ってきました。他にも孫氏の兵法との出会いもあり、このように色々と教えていただくことで私の視野はばーっと広がって色々な物の道理が分かるようになりました。今でも会社員を続けていられるのは中国古典との出会いがあったからだと思っています。


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