よみとけ しょうちょうの森 (X’mas ver.)

はろーはろーこんにちわ!

先月行われたゲームマーケットで販売した盤上黙示録の新刊をAmazonのKindleストアに登録しました!

内容的には、

「ボードゲームって、面白いを実現するための完成された儀式魔術だよね?」

って解釈の元、
どうして面白いが発生するのかを考察しつつ、
ボードゲームという儀式魔術の構成を明らかにする感じです。

ご存知の方も多いですが、
僕は(占いもできる)魔術師で、
オタクで、
ゲーマーです。

これらの共通点は何かというと、
いずれも複数の分野の知識と技術を結集させたジャンルが好き
ってことですね(ふんわり

どれも、文化のヤドリギみたいなものですな。

ヤドリギの花言葉

さて、上記の文脈では、「ヤドリギ=寄生植物」という側面が強く押し出されており、
宿主の養分を吸い上げて生活するニートみたいな性質を強く意識するかもしれません。

でも、ヤドリギって、自分でも光合成するんで、
地に足のついてないフリーターみたいな植物なんすよね。

複数のジャンルから色々な要素を拝借しつつ、自家発電もする。

おぉ、ピッタリじゃないです?

さて、そんなヤドリギですが、花言葉を調べると、

ヤドリギの花言葉は、「困難に打ち勝つ」「忍耐」「私にキスして」です。

なんて出てきます。

何故?

花言葉も一種の象徴体系なわけですが、
ヤドリギの何処からそんな花言葉が出てきたのでしょうか?

ヤドリギといえば、
赤とか黄色とか白の粘液まみれの実をつける、(セイヨウヤドリギは白い実)
緑色〜黄緑色で、
宿主の樹の枝に丸い塊になってる、
という外見的特徴があります。

外見からの直接的な連想で忍耐とか出てくるかな・・・?

今回は、ヤドリギの花言葉を題材に、
象徴丸暗記しても無駄ってのの実例を見ていこうと思います。

局所最適解問題

まぁパッとググるだけでもヒントは出てきますよね。

曰く、「クリスマスにはヤドリギの下でキスをする、という風習がある」
曰く、「ケルト人は、ヤドリギは不死・活力・肉体の再生を表す象徴として扱った」

はい。大体わかりましたね?

「キスして」はモロ。
「忍耐」とか「困難に打ち勝つ」も「活力」とかそういうのから来てそうです。



というのが局所最適解です。

身近な限られた範囲での、一番良さそうな答えというやつですね。

局所最適解は、一見正解に見えるんですが、
全体を見たときに正解であるとは限りません。

身近な範囲しか見てないからですね。

そして、局所最適解の怖いところは、
身近な範囲では最適な解なわけで、
一回ハマってしまうと、それが不正解であることに気づくのがとても大変な落とし穴なところです。

日本が全てだと思っている人は、世界一高い山は富士山だと思い込んでるわけですね。

そうなってしまった場合は、視野をさらに広げてみたり、別の視点から考えてみたりすることが大事です。

今回はヒントが手に入ってるので、それを追いかけて行ってみましょう。

根元にあるものを考える

ヤドリギの下でキスをするという風習、より詳しくは以下の通り。

クリスマスにヤドリギの下でキスをしたカップルは、永遠に結ばれる。
クリスマスにヤドリギの下にいる女性はキスを拒めない。
もしキスを拒むと、次の年に結婚できるチャンスを逃す。

ヤドリギがなんらかの象徴として扱われてる風習なのは明らかなようです。

これが愛だとか幸運だとかの象徴なら、
キスを拒んだときのデメリット効果がエグい気がしますね。

o0(まぁ、クリスマスにキスできる関係ならそれなりに長続きするんでは?みたいな気はせんでもない。

北欧神話との関連を指摘する記述も多くみられますが、それはちょっと後回しにしましょう。

ケルト人は、何故ヤドリギは不死・活力・肉体の再生を表す象徴として扱ったのか?

先にその辺を考えてみましょう。

ドルイドの霊薬

ケルトといえば祭司ドルイドです。

ドルイド達はオークの樹に寄生したヤドリギを特別視しており、万能の霊薬として扱っていたそうです。

薬効はといえば、多産と解毒なのだとか。

ところで、日本薬学会によると、

ヤドリギやアカミノヤドリギの枝や葉を乾燥させたものを生薬ソウキセイ(桑寄生)といいます。ソウキセイを煎じて飲むと、血圧を下げ、利尿、頭痛の緩和、リウマチ、神経痛、婦人の胎動不安、産後の乳汁不足などに効果があるとされています。

胎動不安や産後の乳汁不足は多産と関係がありそうですが、
解毒の方は、どうかな・・・。

大抵の場合、優れた霊薬として用いられるものって、
すごい傷薬系か、めっちゃ栄養がある系のどっちかのことが多い印象があるんですが、
血圧を調整をそこまで重要視するのは一体・・・。

こういった場合は、元来は象徴的利用だったというパターンが多いんですよね。

頭の病気には、脳みそに形が似てるクルミを食べよう、みたいなやつですね。

さて、ここまでの情報から、ケルトにおけるヤドリギは一体なんの象徴なのかを探るヒントをまとめてみましょう。

・ヤドリギの外見的特徴(木に寄生して、丸くて、緑〜黄緑色)
・ヤドリギは不死・活力・肉体の再生の象徴
・オークに寄生したヤドリギは特別重要
・多産や解毒の効果が期待された

象徴性からの逆算をしてみる

先述のヒントをもとに、ヤドリギは一体なんの象徴なのかを絞り込んでみましょう。

不死・活力・肉体の再生の象徴といえば、パッと思いつくのは蛇ですよね。

タフな生命力と、生まれ変わるかのような脱皮。

とはいえ、ヤドリギの外見的な特徴と蛇の外見的な特徴は一致しませんから、
ヤドリギ=蛇という象徴性は導きにくいです。

ですので、蛇と似たような特徴や性質を手がかりに別のものを考えてみましょう。

力強く、
死と再生を繰り返すような存在で、
特に高いところにあって、
丸いもので、
緑〜黄緑色に近い色の・・・。

そうういう自然のもの、ありますよね。

そう、太陽か月でしょう。

妖槍ミストルテイン。力になるわよ。

ケルト人と比較的近所に住んでたゲルマン人の神話、今期のアニメで大人気だった北欧神話に関しても調べてみましょう。

北欧神話におけるヤドリギといえば、光の神バルドルをブチ殺したミストルテインです。

バルドルの話は、ざっくり要約すると以下の通り。

みんな大好きイケメンのバルドルは自分が死ぬ悪夢を連日見る。
過保護なバルドルのママは、天と地の全てのものにバルドルを傷つけさせないと誓わせた。
でも、西の果てにいたヤドリギ・ミストルティンはヨワヨワのベイビーだったので誓わせられなかった。
無敵になったバルドルを囲んで、神様はバルドルブチ殺しゲームを始める。
でも、バルドル死なない!やったー!
と思ってたら、なんやかんやあってヤドリギの矢が飛んできてバルドル死亡!ヤダー!
悲しみにくれた神々はバルドルと、ついでにショック死した妻の遺体を火葬する。

さて、光の神バルドルは一体なんの象徴かといえば、無論太陽です。
そして、西にいたヨワヨワのベイビー、ヤドリギはといえば・・・。

画像1

ちなみにこちらは、ブレイブソード×ブレイズソウルというソシャゲの「抗う運命魔槍ミストルテイン」
かわいいですね。

西=弱いという象徴は、月の満ち欠けというよりも、沈む太陽の象徴となります。

したがって、太陽であるバルドルは、沈む太陽の性質を叩き込まれて死ぬわけです。

そう、ヤドリギは太陽の象徴なんじゃないか?という推論が組み立てられるわけです。

ヤドリギは地上における太陽である。
死の苦難にあっても、太陽は再び昇る。

とうとうヤドリギの花言葉の「困難に打ち勝つ」「忍耐」のニュアンスが出てきました。

そうすると、死と再生の象徴のもとで、二つの命が接触することは永遠性を求めての行為と認められるのでは?
あるいは、新たな命を紡ぐ誓約と看做されるのでは?

その誓約を破った際のタブーを避けるべく、キスを断れない、なんて風習が生まれたのでは?

この辺りはもうちょっと調べたり考えたりしないといけないかもしれません。

(まぁパッと調べた感じ、この風習そんなに古いもんじゃないし、もうちょっと適当かも)

バルドルの火葬

ところで、死んだバルドル君は火葬されたわけです。

この事件の後、世界からは光が失われ、ラグナロクが勃発します。
そして、神話のバリエーションによっては、バルドル君はラグナロクの後の世界で復活をしたりします。

ラグナロクの前には大いなる冬が前兆としてやってきます。

太陽の力が失われたことで冬がやってくるわけですね。

地球の自然現象としては、
太陽の力が失われ始める時期といえば、夏至、
太陽が力を取り戻し出すのが、冬至ですね。

いずれも大きなお祭りの開かれる重要な時期です。

夏至祭においては、衰えゆく太陽に力を与えるべく篝火を灯します。
映画ミッドサマー(未視聴)では、メイポールを中心に輪になって踊る様子も印象的に扱われています。
太陽に火の力を、循環の力を与えんとする試みであるのは明らかでしょう。

冬至祭、ユールにおいては、復活する太陽を祝い、蝋燭に火を灯し、やはり篝火が焚かれます。
現在ではクリスマスと同化しているお祭りなので、世界各地のニュースに目を見晴らせると面白いでしょう。

さて、バルドルが悪夢に苛まれ始めた時期は夏至と見做せるとして、
彼の死は秋分、
火葬されたのは、火の力による彼の復活の兆しである冬至とみなせるはず。
そして、ラグナロクが終わることが春分となるでしょう。

これを足がかりに色々と考えを巡らせることができます。
例えば、キリスト教においては春分にイースター、秋分は天秤を持つ死告天使ミカエルの記念日です。

とはいえ、今回はヤドリギにも縁が深かった冬至祭とクリスマスに関して掘り下げてみましょう。

クリスマスのボンファイア

前に冬至祭に篝火を焚くと言いましたが、あんまりピンとこない人も多いかもしれません。

しかしながら、クリスマスツリーのオーナメントや電飾のことを指しているとすればどうでしょう?

特に電飾は、元々は蝋燭から発展したものだと考えれば、クリスマスツリーもちっちゃな篝火と考えられるとは思いません?

まぁ、小さくとも新たな火を灯すことに意味があるのも確かかもしれませんね。

そういえば、ブッシュドノエルという丸太っぽいケーキは、
ユールログというクリスマス前夜に火をつけるでっかい丸太が元になってます。

ユールログ、常緑樹で飾りつけたり、穀物を振りかけたり、チョークで人型を描いたりして、
手をかけて見栄え良くしてるのに焼いちゃうんですよね(

さて、クリスマスツリーといえばモミの木ですが、そのルーツとしてオーディンのオークの伝説があります。

ざっくり要約すると、

キリスト教の宣教師ボニファティウス、キリスト教を伝道するためにゲルマニアを訪れる。
蛮族の地、ゲルマニアでボニファティウスがショッキングな光景を目撃する!!
それは、オーディンの化身とされるオークの樹に生贄を吊す残虐極まりない光景!!
こんなヤバイ儀式はやめさせなければと、原住民の反対を押し切りオークを切り倒し、キリストの教えを説くボニファティウス。
果たしてオーティンの神罰は・・・無く、代わりに切られたオークのそばからモミの木が生える。
モミの木は奇跡の木だ!と主張して、伝道完了!
以降、キリストの奇跡の象徴としてモミの木が使われるようになったとさ。

クリスマスツリーとオーディンのオーク、オーナメントで樹を飾るところ似てますよね。

クリスマスツリーの丸いオーナメントは知恵の樹の実、リンゴであるとされています。
キャンディケインは冬至祭で捧げられた食べ物がルーツとされているんですって。
ジンジャーブレッドマンは?

ついでに、ユールログの飾り付けは一体なんなのかも大体察せられるのではないでしょうか。

つまり、人身御供の儀式をマイルドにしたものがクリスマスツリーではないでしょうか?

我が魔術は炎の檻、茨の如き緑の巨人。

ヨーロッパの人身御供の儀式といえば、やはりケルトのウィッカーマンが有名です。

画像2

ガリア戦記ではウィッカーマンに関してこんな風に語られています。

ある者らは、恐ろしく巨大な像を持ち、その編み細工で編み込まれた肢体を人間たちで満たして、それらを燃やして、人々は火炎に取り巻かれて息絶えさせられるのである。

現代の研究では実際に人を燃やしていたかどうかに関しては懐疑的だと聞きましたが、藁とかの穀物類詰めたり、動物の肉を詰めて焼いたりくらいはやってるかもしれません。

火の燃え上がる、煙が天へと届くという性質は天上の神々へのメッセージとして扱われるのは世界共通かなと思います。
穀物や動物を神に捧げるという象徴性があるのは確かです。

一方で、燃やす必要性があるのは何故なのかという疑問も生まれます。
しかしながら、篝火を灯すのは太陽へとエネルギーを与える儀式であったことを考えれば、
儀式の火は太陽の火の一部です。
そうであるなら、穀物や動物が太陽の恩恵に触れるという象徴であると読み解けるでしょう。

ベツレヘムの星

さて、オーディンのオークの話に戻ります。

やはりオーク。
ケルトのドルイドがそうであったように、樹木信仰においてはオークが一番人気です

巨大で力強い外見から、神様と同一視されることが多いんですよね。

そんなオークに寄生するヤドリギは神聖視されているのを思い出していただきたいのですが、
そもそも、ヤドリギがオークに寄生するのは稀な事なんだと。

なので、めちゃ凄いオークに太陽の象徴がくっついてるのは激レアとして崇められてたわけです。

また、オークは落葉広葉樹、ヤドリギは常緑樹エバーグリーンです。

冬、落葉した裸のオークの枝の先に残る生き生きとしたヤドリギ。

フレイザーの金枝篇では、
このヤドリギこそがオークの真の命であり、
ヤドリギがある限りオークは死なず、
オークはまた緑の葉をつけるのだ
と推察しています。

現代風にいえば、ヤドリギが生命のバックアップデバイスで、仮の姿であるオークが枯れても大丈夫って寸法。
時々露出する弱点を攻撃しないと倒せないタイプのボスですね。

そう、「忍耐」ですね。

ここまでくると色々と繋がってくるかなと思います。

ウィッカーマンはなぜ燃やされなければならないのか。
すなわち、バルドルの火葬であり、太陽に力を与えるためでしょう。

穀物や動物とともに人を焼かなければならなかったのはなぜか。
穀物や動物に太陽の恩恵を約束させるともに、人間も太陽の恩恵を約束させるためでしょう。

であれば、クリスマスツリーのトップスターは何でしょうか?
ベツレヘムの星?

いえ、クリスマス自体はキリスト教由来の文化では無く、
ヨーロッパの古い伝統と信仰に基づく冬至祭の文化がキリスト教コンバートされたものです。

冬至の日の神の化身であるオークの樹の上で輝くもの、
そう、ヤドリギではないでしょうか?

文化のヤドリギ

寄り道もたくさんしましたが、文化の根底には現実世界の実際の現象が存在しているケースが多いです。

ルーツを辿れば、素朴で簡単な観察に基づいている事がほとんどです。

文化のエッセンスをつまみ食いして生み出される、魔術や占い、漫画やアニメあるいはゲームに関してもそうでしょう。

それは一見、太陽のように眩く神秘的なものに見えるかもしれません。

しかしながら、文化を照らせなくなったのならそれは沈みゆく太陽です。

ミストルティンで打ち貫き、新たな文化の篝火を捧げなくてはならないのではないでしょうか?

それではまた!

アディオス・アミーゴ!

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