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九州弁という方言はない-Still Wakes the Deep-

 最近、ごく一部の界隈で話題になっているゲーム作品がある。
 Still Wakes the Deepはスコットランド沖北海の洋上油田を舞台とした少々Dead Spaceやらクトゥルフをほうふつとさせるアクションゲームだ。
 インディーズゲームとしてはグラフィックがきれいで、少々操作に難はありそうだが、さくっと遊べる逃げゲーとしてはなかなかの秀作のように思える。
 先に言っておくと、私はこのゲームをプレイしていない。していないがゆえに内容について詳しく触れることはできない(資格という点において)のだが、少々気になることがあったので言及しておきたいと思う。
 ちなみにsteamにおけるゲームの評価は非常に好評。海外勢にはスコットランド訛りは聞き取りにくいというほどではないし、違和感はないだろう。
 その故か、不評の理由が海外勢と日本勢で大きく二極化した。海外勢は価格の高さに不満を漏らし、日本勢はこのnoteのテーマにもなる方言が最大の不満要素だったようだ。

方言は地域特色であり多様性の道具ではない

 まず、このゲームの日本語ローカライズには方言が使用されている。もっと詳しく言うなら長崎の方言だ。これに標準語ローカライズが存在していてそれを選択可能になっていれば評価はまた大きく変わっただろうと思うのだ。標準語は誰にでもわかるからこその標準語であって、方言はその地方を表すものにすぎない。
 日本語ローカライズを担当した野原氏は長崎出身らしく“ゲームで長崎弁のローカライズをするのが夢だった”のようなことを書いて炎上している模様。グレートブリテン島と日本は何かにつけて類似比較されることがある。島国で、王家の立ち位置と天皇家の立場が似ていることなどがあってか、日本人も親近感を覚えている人は少なくない。私も幼いころに習ったのはQueen's(イギリス英語)だったこともあって、勝手に親近感を覚えている。
 だから、というわけではないが。海に面していて、海底資源の採掘場を舞台にしているという意味で“長崎も似たようなもんじゃないか”と思ったのかもしれない。だが、それは甘い妄想というものだ。長崎の軍艦島(端島)をモデルにしたSIREN2の最初に出てくる船頭さんは標準語を話している。おまけに、訳者自身がローカライズ言語について‘九州弁’などとふわっとした表現をしている。それが九州以外の人にはわかりやすいと思っているのだろうが、九州弁という方言はない。これはずっと言い続けていることだが、福岡弁という方言すらないのだ。あの大きな島一つの中で、みんなが分かり合える言葉は存在しないのだ。それは県境で分かたれるものでもなく、あくまで地域性や近隣地域との関係性に拠るものだ。
 スコットランド訛りを長崎弁に置き換え、標準語を準備しなかった浅はかさは、言葉を多様性の道具としてみていることを示唆しているように思われる。

九州弁という方言はない

 日本にどれだけの方言があるか、考えてみたことはあるだろうか? この小さな島国で大きく分けても16種、さらに細かく分けるとおよそ100種は超えるのではないだろうか。
 九州に限って言うなら七県で違うし、北の福岡県と南の鹿児島県では方言では意思の疎通はほぼできない。西と東も南北ほどじゃないが、ずいぶん違う。
 ちなみに筆者は長崎生まれで福岡育ち。両親は生まれも育ちも長崎で、私が生まれてしばらくして福岡に来た。じゃあ、例のゲームの字幕も問題ないだろうと思うかもしれないが、`文字になったときの方言'は本当に読みにくいのだ。特に九州北部の方言は細かい方言以外にイントネーションやアクセントの差(いわゆる訛り)もかなり差がある。なじみのない人が文字にされた方言を読んでもさっぱり頭に入ってこないのだ。同じような言葉でも言葉尻で意味が変わることもあるが、なじみがない人には何が何だか、だろう。
 ゲーム内のセリフで例を出すなら“食わるっぞ”と“食わるっとたい”は微妙に意味が変わる。前者は標準語に訳すなら「食べられてしまうぞ」と警告を表し、後者は「食われてしまうからな」と警告の中にも脅しを含む。これが`食わるったい'になると警告の意味もあるが状況では可能も含むのが面白いところだ。
 海っぺたの長崎弁の荒々しさと炭鉱夫の歴史を持つ一部の福岡県の方言の荒々しさはまた違う。そういう意味で長崎弁はスコット訛りと相性がいいと思われたのかもしれないが、それは訳者があくまで‘英語と長崎弁がわかる人間’だからである。
 承前。
 長々と書いたが、九州弁という方言はない。
 じゃあ、福岡弁はあるのよね? と言う人の想像する方言のほとんどは博多弁だろう。だが、福岡県だけで大きく分けて4種類の方言がある。博多弁、筑豊弁、北九州弁、筑後弁。
 博多弁は福岡市博多区を中心とした周辺区域を内包した地域で主に話される言葉だ。武田鉄矢さんや森口博子さん、氷川きよしさんなどの芸能人が有名だ。`~たい'`好いとうよ'なんかがわかりやすいだろうか。
 筑豊弁は福岡県飯塚市などの嘉飯山地区や田川市及びその周辺区域で主に話される。福岡県で一番汚い方言だと私は思っているが、よその地域から来た人は日常会話が喧嘩だということなので、やはり間違ってないと思う。‘~っちゃ’`好いちょう'、後は`誰それの家'というのを`誰それんげぇ'というのが大きな特徴だろうか。
 北九州弁は筑豊弁と非常に似ているが微妙に相違点がある。`~ち'`~ちょる'といった語尾が特徴的。筑豊弁もそうなのだが、`~してくれませんか?'を`~しちゃらん?'というのでよその地方の人が聞くととても偉そうに聞こえるようだ。(元旦那はこの言葉が大嫌いだった)
 筑後弁は久留米市以南の福岡県全域で使われるが、その中でも八女弁などはまた特殊だし、佐賀県鳥栖市は筑紫野市と久留米市に隣接しているせいか、佐賀弁というより筑後弁に近い言葉になる。`~っさい'という語尾が特徴的だが、八女に行くと途端に`~にゃ'になる。
 福岡近県の話をすると佐賀は鳥栖市が特殊なのだが、佐賀市より南西部の長崎県と隣接する地域はほぼ長崎弁に近くなる。そもそも佐賀弁は長崎弁と似ているが、佐賀市を境に言葉が変わる。と言って福岡の言葉(福岡市西区)などに近いわけではない。北に行くと山口県があるが、関門海峡を越えると言葉は全く変わる。山口県も下関近郊の西部、山口市以東で大きく方言が変わる。どちらも体がきついことを`えらい'というなどの共通点はあるのだが、下関の`~したほ'という語尾は特徴的だ。下松から広島に近い地域は広島県の方言に近くなる。
 このように、同じ県内でもいくつもの方言があり、それは長崎も変わりない。つまり、九州を象徴する方言というものはほぼないに等しく、九州弁という方言は存在しないのだ。

海の男の言葉

 作中の言葉は佐世保ではなく長崎の言葉だろうと推測する。なぜなら字幕内の言葉をイントネーション込みで理解できたからだ。佐世保は海軍の街なのでもうちょっとお上品な気がする。佐世保に若い時の仕事の同期が住んでいるが、山の中に住んでるがどこかカチッとした印象を受ける。
 長崎市は造船をはじめとする三菱グループと炭鉱、漁業の町だ。中華街の活気、半世紀前までは人が住み、アジア最大の人口密度を誇った軍艦島をはじめとする高島炭鉱群から想像がつくと思うが言葉は荒い。私の叔父などは声が大きなこともあって初対面の人からは怖がられることも多い。訳者は海と現場で働く男のイメージとして共通項を見出したのかもしれない。だが、ゲームローカライズの最大の使命は`通じること'だ。マイナーな方言を使いたいと思うなら、メジャーな標準語も実装すべきだったと思うし、それが日本人の親切さだったのでは、と思う。


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