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ダウン症児、公文との出会い。

我が子を授かり、彼がダウン症だとわかる前。保育園からがっつり英才教育をやる気満々だった。バイリンガル保育園が良いかな、いやクリスチャンの幼稚園が良いかな、特に教育水準の高い文京区か杉並区に住みたいな、などなど。でも産後すぐに子供が緊急搬送され、挙句にダウン症の疑いありと告知され、そして1ヶ月くらいで確定診断が下った時。

子育ての方針ががらっと変わった。というか、変えざるを得なかった。彼はきっと受験と無縁だ。競争の世界では生きていけないと思った。知的にも身体的にも2倍成長が遅い彼は、競争社会で生き残れない。何をするにも人の倍かかるということ。バイリンガル教育も、海外に留学させる試みも、文武両道で体操教室にもいかせて、水泳をさせてジムに通わせてガンガン育てよう戦略は粉々に砕け散った。諦めるしかなかった。

わかったつもりだし、現実を受け入れたつもり。それでも意識的にも無意識的にも英才魂は子育てのふとした瞬間にこんにちはする。自分の成功体験や自分の傾向を脇に置いて子育てするってことが、こんなにも難しいとは。。

結局、たまにやる気スィッチが入る自分が抜けきらず、療育も頑張ってあちこち行かせたし、いまだに児童発達センターと、私立の療育教室に定期で通い、保育園も行きながら、理学療法士の先生に毎週朝自宅に来てもらいトレーニングをしていたりする。ハードすぎるだろうか。。

ザ競争社会で生きてきて、失敗も成功も経験しつつも、最終的には最後は才能ではなく、努力でどうにかなることがまあまあ多い、とスポコン根性が抜けきらない私は死ぬ気でやれば人生どうにかなると思って生きてきた。

でも、そもそも発達スピードが人と違う、私とも違う我が子にはその価値観は全く通じない。 
どんなにリハビリに通ってもどんなに療育に通っても、彼は彼なりのスピードでステップアップしていく。歩けないせいで、いとも簡単におもちゃをお友達に奪われてしまう様子を見ると、親がなんとかしてあげたい、と思いがち。

でもふと彼を見ていると、「ああ、僕のおもちゃをとっていかれましたか。まあ、いいですよ、他のもので遊びますから」と言わんばかりに常にニコニコしていた(※自我が育つまでは)。

他の子が公園でたんぽぽを摘みに右に、蝶々を捕まえに左にと駆け回る中でも、彼は地面の石を拾って遊んだり、先生に抱っこしてもらって指差ししてあっちへこっちへ連れて行ってもらい、最終的にはたんぽぽを眺めたり、蝶々を見つけたり、彼のできることの中で幸せのかけらを見つけてご満悦な様子。彼は母のヤキモキなんていざしらず、ごきげんに日々を過ごしている。

それで本当に良いのか。障がいを持つ、って社会で人に負け続けることなんじゃないか。彼が生まれた直後ずっとそう思い続けてきた私だが、あまりにも彼がごきげんハッピーに日々を過ごすので、私のいる競争社会が全てでもないのか…と思い始めてきた。比較とは程遠いところで彼なりのごきげんの種を見つけては撒いて水をやり、愛でてそしてほんの少し人にお裾分けしたりする。
障がいって悪いことばかりでもないのかもしれない…私自身がそうおもい始めた矢先。

ある本で、子供に良い教育を提供するお教室を見つけた。かなり論理的なメソッドでこれはありかも!とおもい、うっかり母の英才スイッチは入ってしまった。しかも、ダウン症の子も習得できるとのこと。その方針の保育園も増えているそう。それならば、と本をたどりホームページに行きつき、通信講座の申し込みのために問い合わせをしたら、なんと通えるお教室もありますよ、とのこと。仕事しながら通うのはしんどいが、それが彼のためになるなら、とスポコン根性全開で体験授業を申し込んだ。旦那さんからもノリノリで承諾をもらい、ちょうど夏休みだからオレも行く、とのこと。

ルンルンに包まれた翌日、コーディネーターさんから電話があった。神妙なトーンで、「ごめんなさい、講師に確認したところ、療育サービスではないので、参加型の授業は障がいを持った子は受け付けられません」と。

想像もしてなかった連絡に衝撃のあまり、あんぐりして呆然とした後、怒りというか、憤りというか、なんとも言えない哀しみのようなものが込み上げてきた。こういうところだ、人の気持ちを傷つける社会の対応というのは。障がい児だから、とこうやって拒否・拒絶されることがどんなにしんどいか、こればかりは絶対に障がい児を育てている当事者にしかわからない、と強く噛み締めた。といったところで、誰が悪いわけでもないことはわかっている。
やり場のない気持ちを抱えながら電話を切って、トボトボ保育園の迎えに向かっていたやさぐれてとんがり帽子の私の目にふと入ってきたもの。

公文、の水色の看板。

そういえば、前にダウン症児をもつ先輩ママさんが、ベビー公文がとても良いと教えてくれてたっけ。ふと思い出して、ケッといまにもグレそうな自暴自棄の気持ちで、どうせまた断られるのだろう、フン。と思って電話してみた。
話したら一度体験授業にきてみませんか、とおっしゃるので、

「え、でも、うち、ダウン症持っているんですが、大丈夫ですか?」(ならなぜ電話したという)

とおそるおそる聞いてみたら、想像だにしない答えが先生から返ってきた。

「椅子に座れますか?それであれば大丈夫です。以前うちに18歳のダウン症の子が、30歳まで通って頑張ってましたよ」とのこと。

え,公文って30歳まで通えるの?!

捨てる神あれば、拾う神あり。
ひょんきっかけから公文に通うことになった我が子なのでした。           (続)

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