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画本 厄除け詩集/井伏鱒二

■ 感想

降り積もる雪のように、静かにゆっくりと憂愁が滲む井伏鱒二の詩たち。

その中でも特にお気に入りの「なだれ」。

『峯の雪が裂け 雪がなだれる そのなだれに 熊が乗ってゐる あぐらをかき 安閑と 莨(たばこ)をすふやうな恰好で そこに一ぴき熊がゐる』

在るがまま眼前に広がる自然への畏怖と憧憬が綯交ぜになったような詩は、なだれという緊迫の場面でありながらもその中心で安閑と鎮座する熊により、流氷がのんびりと美しく裂けるかの如く悠然と映り、ユーモラスな景色にさえ思えてくる。生と死のどちらに傾くかも分からない危機的状況にも拘らず、達観したようにそのどちらも等しいと謂わんばかりの熊が神々しい。

自らの詩だけでなく、五言絶句の漢詩を口語定型詩で語感やリズム感良く翻訳したものが収録され、李白や杜甫の作品とともに井伏の名訳で有名な于武陵「勸酒」も金井田さんの素敵な版画と共に味わい深く読むことが出来る。

『人生足別離』(人生別離足<おお>し)を『「サヨナラ」ダケガ人生ダ』と訳した偉業はこの先も輝きを失うことのない金字塔であり続けるのだろう。

■ 寄り道読書

<<<漂流読書>>>

■駅前旅館/井伏鱒二
■猫町/荻原朔太郎・金井田英津子

金井田さんの版画が物語に与える力強さや仄暗い美しさは、幾度読み重ねようとも圧倒される。

乱歩の「押絵と旅する男」を金井田さんの版画と共に読んでみたい。

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