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彼女が成功した理由

-うん、わかった、3時か4時頃電話する

そう言って電話を切る20代前半くらいの女性の後ろでエスカレーターが上がりきるのを待つ

仕事の休憩が15時なのか、友達と解散するのが15時なのか
彼に電話をするのか、遠く離れた地元に住む母親に電話をするのか
サクッと電話切って足早に去っていった

一瞬妄想がハイスピードで頭を駆け抜けるが
地上に出たときにはすっかり忘れていた

日曜日の朝
明治神宮前には出勤前の人やお店のオープン待ちの列に並んでいる人、前夜から飲み明かしていたであろう人がいる

3ヶ月に1回、私は彼女に会いに行く

まだ人気のない表参道の裏道を歩く

こんな店あったっけ?

閉店開店を繰り返す裏路地の小さな店たち

この土地でやっていくには相当な熱量がないと難しいだろうな

そんなことを思いながらすれ違う住人を横目に少し早歩きで向かう

当時27歳だった彼女は独立し、シェアサロンで働く美容師になった

ホットペッパービューティーのスタッフプロフィール写真で一番可愛い人を選んで店を訪れたことは一生本人に伝わることはないだろう

-おはようございます!

通い始めて約8年、初めてこんな朝早く、9:00に予約を入れた

彼女は大のお酒好きで、恐らく前日も遅くまで飲んでいたであろうに
しっかりと書いた眉と口紅はより一層美しさを引き立てていた

-今日はどうします?

-伸ばしているので、整える程度に切ってもらって、カラーは前回のトーンと同じ、色味はお任せします

ある程度お任せとお願いして、毎回満足に仕上がるのは彼女以外にまだ出会ったことがない

そんな彼女について分析したことがあった
結果、好きなところが2つある

一つ目は、仕上げのアドバイスの的確さだ

初めて切ってもらったとき、私は26歳半ばで

幡ヶ谷に住み始めたときだった

東京での仕事にも慣れ、こっちに住み始めたのだから近くで美容院を探そうと
改めて新規開拓をした時に出会った

写真では可愛いと思っていたが、実際会ってみると色白く、パーツが小さく、何等身だろう?と思わせるような顔の小ささ。
そして顔の印象にぴったりなファッションセンスが、写真を裏切らず、私は少し憧れを抱いた

当時はあまり明るく染めていなかったので、無難なそして流行でもあった"アッシュカラー"に染めてもらった

完成に近づき、ドライヤーでのブローも終わり、仕上げに入ると、ドライヤーの使い方、ヘアアイロンでのアレンジの仕方をなんとも丁寧に教えてくれた

-髪が細いので、根本から立ち上がるように乾かすといいですね。アイロンはこう使うと昔のパーマになってしまうので、あくまで軽く挟む程度に

ここまで私の柔らかくそして細いために扱いにくい髪質を短時間で理解し、アドバイスをくれる人は今まで1人もいなかった
そして今も現れていない

二つ目は、その容姿とはイメージできない会話のしやすさだ

相手に気を遣わせない会話の仕方。というと急に安っぽく聞こえてしまうが

会うといつもすんなり彼女のペースに入り込んでしまう

-こないだ甥っ子が、あ、小3なんですけど、スマホ買ったからLINE追加よろしくねー!て連絡がきたんですよ!

から始まる会話。

天気の話でもなく、休みどこか行きましたか?でもなく、いきなり甥っ子の話。

そこから徐々に価値観のすり合わせに入っていくのだが、
小3でスマホ早いですね!でも今の時代みんなそうなのかなー。子供用にセキュリティもかけられますしね!
の方向で話は進む

そこからお互いに好きな美容の話、居酒屋の話に花が咲く
自分の失敗談、嫌な気持ちになった話も顔色一つ変えずにニコッと語るその表情は
聞く人に不快感を与えず、むしろポジティブに見えてしまうのが不思議である

その飾らない人柄のためかやたら知り合いが多く、そのおかげで予約の取れないお店に行けるのも才能の一つだなと感じた

いつの間にか私も彼女の大ファンになっていた

この数年間で彼女の勤務先は3つ変わった。
今は誰かのお店ではなく、個人で使えるシェアサロン

常に新しい情報に囲まれる東京のど真ん中で、自分にとっての正解を選び続け、
1人の美容師として成功している彼女には
成功するだけの理由があるように思えた

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