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ショートショート009『ぴっぴつ箋』

一筆箋を買いに来た。
離れて暮らすばあちゃんから入学祝いをもらったら、オカンがお礼の手紙を書きなさいと言った。
今どき手紙なんて。
ばあちゃんだってスマホ使うんだから、お礼メールでいいのにさー。

オレはあんまり文章を書くのが得意じゃない。
電話も好きじゃない。
普通のレターセットだと、いっぱい書くところがあって文字を埋められそうにないから、一筆箋にしようと思う。
オレは、ばあちゃんが好きな果物の柄の一筆箋を手に取ろうとした。
すると、隣に「ぴっぴつ箋」というのがあった。

なんだこれ?
ぴっぴつ箋は、一筆箋よりひと回り小さかった。
これでいいじゃん!
オレは、ぴっぴつ箋を買った。

家でさっそく広げる。
ダラダラしてると、書くまでオカンにしつこく怒られるからだ。
鉛筆を握って、『ばあちゃんへ』と書く。
すると……。

「ほら、ぴっぴと書け! ぴっぴと!!」

オレは後ろを振り返った。
オカンが何か言ってるんだと思った。
でも、いない。

「ほら、ばあちゃんへの後はどうすんだよ。お礼言うんだろ? ぴっぴと書けぴっぴと!」

ぴっぴつ箋が……喋ってる。
オレはいろいろ頭が混乱して、硬直したまま言った。
ぴ、ぴっぴとって……何?

「わかんねぇのかよ。早くしろってことだよ」

オレは混乱したまま、お礼の手紙を書いた。
ぴっぴつ箋のことを考え出してしまったら、全然まとまらなくて、お礼の手紙どころじゃなくなると思ったからだ。
オレは必死に書いた。
ぴっぴつ箋に急かされながら、ガシガシ書いた。
なんと、10枚も。超大作だ!

オレは、小説でも書いた気になって、ぴっぴつ箋に言った。
こんだけ書いたから、ばあちゃんにお礼、伝わるよね?

「アホったれ。量じゃねぇんだよ。心なんだよ、気持ちなんだよ。オマエの心意気を鉛筆から滲ませろ!」

オレは書き直しを命じられた。
なんて書こうかうんうん唸っていると、やっぱりぴっぴつ箋から、ぴっぴと書けと怒られた。
オレはゴリゴリ書いた。
入学祝いのお礼よ、伝われ! と思いながら、必死に心の中の言葉を探して綴った。

できた!!
気づいたら、夕飯も忘れていた。

「おぉ、いいデキだね……ちきしょう」

ぴっぴつ箋が、ちょっと湿ってきた。
な、泣いてる?

オレは、ばあちゃんに宛てたぴっぴつ箋をしっかり乾かして、封筒に入れて送った。

数日後。
ばあちゃんから、電話がかかってきた。
泣きながら、こんなに素敵な手紙はおじいさんからでさえもらったことがない、と喜んでいた。
それを聞いて、オカンもびっくりしていた。
お礼の手紙を書くときは、お願いしようかしら、なんて言ってる。

それが現実になった。
オレは、家族がお礼の手紙を書かなくちゃいかないとき、ぴっぴつ箋で書かされた。
毎回毎回ぴっぴつ箋に怒られるけど、送った相手からは必ず感謝感激の電話がかかってきた。
そしたら、ちょっとずつ国語の成績が上がってきた。
褒められて伸びるタイプってヤツ?

10年後。
オレは、ショートショート作家になった。
あと1本が書ければ、1冊の本にまとまるらしい。
うんうん言いながら、残り1枚になったぴっぴつ箋を机から取り出す。
少し叱ってもらおうかと思った。

ーーアホったれ。量じゃねぇんだよ。心なんだよ、気持ちなんだよ。オマエの心意気を鉛筆から滲ませろ!

あのときのぴっぴつ箋の言葉を思い出した。
オレはゆっくり引き出しを開けて、それを机にしまった。

< 了 >

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