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ショートショート012『それは世界に3人だけのマスターズ・ブレンド』

ついに、コーヒーの国際資格を取った。
世界に3人しかいない資格だ。
店に認定証を掲げ、早速仕入れた豆を焙煎する。
ムワッと熱を持った豆をバットに広げると、すうっと鼻から豆の香りを吸った。
この瞬間が、好きだ。

豆が冷めて、店に広がる芳しさが落ち着いてきた。
おや?
いつものマスターズ・ブレンドに使う豆ばかりなのに、香りが微妙に違う。
いい豆ばかりを仕入れたつもりだったが……。
私は豆に鼻を近づけて、なんとなく香りに違和感のあるものをピンセットで拾い上げてみた。
うむ、違う品種の豆が混ざっただろうか。
いい成績で資格を取ったばかりなのに、今日ははっきり豆の種類の見分けがつかない。
少し自分にがっかりしてしまう。

いったん、認定証を下ろしておこうか。
そう思っていると、一人の女性が店に入ってきた。
まだ開店前だが、まぁいいか。
メニューを差し出すと、彼女は言った。
「すみません。コーヒー、あんまり詳しくないんですけど。あの、優しい味わいのものって……ありますか?」
私は下を向いて、うーむと考えた。
すると、手元のバットの豆のいくつかが強く香った。
なんだ?
私はスンスンと鼻をひくつかせる。
国際資格ホルダーの勘というべきか、鼻勘というべきかわからないが、何か
これだ!
と感じた瞬間に、手が動いていた。
私は素早く豆をピックアップし、挽き、女性にコーヒーを淹れた。

「あ、美味しい……!」
女性は目を見張ってつぶやいた。
「まろやか、ですね。ブラックなのに、なんだかミルクが入ってるみたいに柔らかい味がします。飲み物でこんな風に思うの、初めてです」
そうして、ゆっくりと、一滴も残さず飲み干した。

彼女はお会計をしながら、私の目を真っ直ぐ見た。
「実は、さっき仕事で失敗して、上司にも後輩にも嫌味言われちゃって。すごく落ち込んだり、イライラしたり、気持ちが乱れてしまって。でも、マスターのコーヒーを飲んだら、失敗も嫌味も小さいことに思えてきました。なんか、清々しくて、優しい気分です」
女性は何度もペコペコと頭を下げて、店を出ていった。

私は一人になった店内を見回した。
ここには、私のこだわりで世界中のコーヒー豆を置いている。
取り寄せたり、譲ってもらったり、もちろん自分で買い付けにも行く。
バットの豆たちを光に透かしてみる。
どう見ても、いつもと同じマスターズ・ブレンドの豆だ。
何が……起きているんだろうか。
私の鼻がおかしいのだろうか。

店中にあるいろんなものを香ってみたが、鼻がおかしいわけではなさそうだった。
私は腕組みをして、またバットの豆に向き直った。
すると、再びドアベルが鳴った。
今日は開店前からよく人が来る。
「お、今日は店開けんの早いじゃん」
常連の男性だった。私の昔からの友人だ。
彼はどかりと私の前のカウンター席に座った。
「マスターズ・ブレンド、1つね」
いやはや、このマスターズ・ブレンド、果たして出していいものか。
私はキッチンに置いたバットの豆を見つめた。

< 明日へ続く >

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