「しからば尸」
(2020角川短歌に出して恐らく掠りもしなかった50首)
こんにちはやたらしずかな病室のリネンはしろくしわが一筋
食堂はしずか拡がり絵が掛かる うごかぬからだ幽体離脱
闇向こうみたこともない明滅が私を捉えて離さないので
窓硝子曇らす吐息拭っては消える赤い白い線に点に
陽があたる眩しい壁に気圧されて血圧下がる君がぼやける
手首には抗菌仕様バーコード名前性別生年月日
防護服身も心も隠したら私は無敵無菌になるか
悔しかなあなたのいないところでは世界が終わる命がもえる
カーテンの燃えるのをみる轟々と記憶の中で確かに騒ぐ
血の気ひく遊びをしてるいつまでもいつまでもただ浮遊感がすき
つまらない希望ばかりが浮かんではないないにして横たわる床
ほんとうは何もいらないしたくない のぞむ力がつかれはててる
痛みなど何ら知らない私たちひとたまりなく淘汰されるわ
心音を聞かれる所作は覚束ずいつになっても慣れぬ恥じらい
望んでは消えるともしびくるしくてはやくてよわい鼓動のように
物音は嫌味なく立つ比例して君はウチュウに投げ出される
決められた時間に起きて食事する規則正しくすこやかなるは
(おだやか)を手に入れるため疑わぬ 吸って吐いて均一な呼吸
この世には信じられないものがまだ 想像するとお腹が空いた
気怠さは愚かな私包み込み生かしたままで柔く蝕む
カーテンで仕切られた部屋未来なく過去がいれかわりたちかわりに
淡い泡 苦味のままに飲み込んで喉ぬける機微に耳を傾け
ほんとうはとてもじゆうであるけれどなにもみえなくなるのはむりょく
もうすこし時間ください私にはもできないかもしれないが
シダの葉はすこし榊に似ているか調べてみたら全然違う
時系列並べる儀式サスペンステレビドラマはこんなだったか
父探す夢の中から帰れずにこのままここに居てもいいかと
救急車サイレン近くなるにつれ心臓の音共鳴してく
消えていく前頭前野思い出はどこへしまえば寂しくないか
社会的ただしいこたえ見つからず不快と嫌悪すこしえらいな
強く立つことができずに宙ぶらりおろす手伝いやわらかい四肢
君だけは時間が止まる冬のまま蕾膨らむ春は目の前
神々はあざやかな闇振り下ろすファンタジーだないきなり過ぎて
まるっきり音をなさない階段に座り込む腰 萌える木々の間
土になる一片の葉に過ぎない詩 研ぎ澄まされる感覚薄い
千一夜めくるめく旅 一編の話尽きない女を止めろ
呪われたサラマンダーは火を噴いて魔女の背後に蛙はいない
理不尽と手を繋ぐには覚悟なく思い通りならぬを愛せ
静物画額に秘密が隠されて解けない魔法わたしが掛けた
おどる人 生まれて老いてゆくさまを何が知るのか全てが祭り
空腹の知覚は矢鱈はっきりと鋭利にさせる君が嫌いだ
不条理もそうとわかれば劇になる指揮者の不在鳴らない第九
違和感を口にするのも憚られ感情が邪魔冷える手のひら
痛みにはパーミロールで保護をして感覚なくし意識をとばし
はやいとこ老人ホーム入りたい百万回は悟りを開く
猫模した二両編成町を抜け今日こそ早く寝ようと決める
雨音は息を殺して身を捩る 私は菓子をたらふく食べる
ぼんやりとしぬのはこわい 本能に翻弄されて泣いてしまうよ
君はまだタオルケットに包まれて幽かな寝息昨日をみてる
陽の香りに身体を沈める夜に ままならぬ日日とおとくおもう
(20/5月ごろ入院先の病室より)
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