静寂【ショートショート】

僕はベランダから、東京の、朝の冷たい空気をいっぱいに吸い込んだ。

今日、地球は滅亡するらしい。

黒猫
「ミャーオ」

なぜかいつもそばに居る黒猫のマリが首を傾げて鳴く。

マリには、今日が地球最後の日だなんて、わかるのかな。

とてもそうとは思えない、静かすぎる朝だ。

鳥のさえずりが聞こえて、

車の走る音が聞こえて、

いつもどおり光を放つ太陽があって。

本当に、地球がどうやって滅びるのだろうって思ってしまう。

生きてて嬉しかったことも無ければ、悲しかったことも無い。

ただ無難に、人生を歩んできた。

だから死ぬからと言って、特別な後悔はない。

でも僕は、今日この空気を吸って、初めて思った。

今、幸せだな。

幸せとか、定義なんてわからないけど、頭の中に、浮かんできた言葉。

これまで出会ってきた、数々の人。

今もどこかで人生を送っていて、今日が地球最後の日なんだって怯えてたりして。

嫌だな、あの人達には、幸せでいてほしい。


よく目に入る暗い路地裏に、1人の少年がいた。

彼は泣いていた。

「地球が滅びるなんて、信じられないよ!」

そう言ったように聞こえた。

そうだよ、僕だって信じられないよ。

今、こんなに幸せなのに。

生きてて楽しかったことなんて、無かったはずなのに。

いざ、死に直面すると、すごく、怖いんだよ。

マリが僕の足を引っ掻いた。

ここベランダなのに、どっから来たんだよ。

そう言おうと思ったけど、マリがなぜ僕を引っ掻いたかがわかって、言葉に詰まった。

僕は泣いていた。

人生で、初めて。



「まだ、死にたくないんだな」

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