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ポルトガル語“você”はなぜ3人称活用なのか

「あなた」という意味のvocêは、
2人称の呼称であるのに3人称の動詞活用をします。
何故、そうなったのか。
その答えはvocêという単語の歴史の中にあります。

語源はVossa Mercêという単語

Vossa Mercê
[ ́vɔsa meɾ ́se] [ヴォーッサ メルセー]


直訳は「あなたの恩恵」という意味ですが、
昔の呼称で「貴殿」という意味でもあり、
非常に丁寧な敬称です。
「王様」「陛下」を示すときに使われた言葉でした。

間接的な言及で敬意を示す

敬称を使用する場合は、相手に直接話しかける(2人称活用)のではなく、
間接的に言及する(3人称活用)ことで敬意を表現するという
ポルトガルの歴史的、文化的、伝統的な言語習慣がありました。

そのため、敬称であるVossa Mercêを使うときは、
3人称単数の動詞活用を使用し、
間接的に話しかけるという方法が使われていました。

例えば
Vossa Mercê deseja algo?
「貴殿は何かお望みですか?」
というように、
「あなた」と直接言わず、
Vossa Mercê「貴殿」を使って表現していました。

時代とともに言葉が変化していった

Vossa Mercêはその後、
Vossemecê
vosmecê
vancê
など、様々な形に省略されていき、
最終的にvocêという短い形になりました。

18世紀や19世紀にかけて、
ポルトガルやブラジルにおける社会階級の変化とともに、
vocêという言葉が一般庶民の間でも使われるようになり、
現代に至ります。

単語の形は変わっていきましたが
3人称単数の活用をするという規則は変わりませんでした。
vocêが2人称でも3人称の動詞活用を使っているのは、
こういった歴史があったからです。

ちなみに、最近のネットの世界では
vc
という略称でメッセージが書かれています。
言葉の変遷とは面白いものです。

他の説

ブラジル人ネイティブの方から、次のような説を聞いたことがあります。

一般市民は、「王」という手の届かない存在と直接話す機会はほとんどありませんでした。
Vossa Mercêという存在はいつでも「私とあなたの“話題の人”」=「第三者」でしたので、3人称を使うようになったのではないか。

いずれにせよ諸説あるので、定かではありませんが、
Vossa Mercêという敬称の流れであることは同じですね。

vocêとtu

ブラジルでは、本来の2人称であるtuがあまり使われなくなり、
それに代わってvocêが広く使われるようになりました。

家族、親しい友人、同僚、長年の友達などにvocêを使います。
上司、初対面の人、目上の人など、フォーマルな場面では
o senhor/ a senhoraを使います。

英語も、youではなくMr. やMs.を使うのではないでしょうか。

一方ポルトガルは、カジュアルな場面では今でもtuが一般的に使われています。
もう少しフォーマルな場面ではvocêを使うそうです。

ブラジルとポルトガルで、使い方が若干異なります。
また、どちらの国でも、
使う場面を間違えてしまうと失礼に当たってしまうので、気をつけましょう。

使う場面を間違えてしまった経験

私は一度、初対面の目上の方にvocêを使ってしまい、
驚いた母が咄嗟に私を注意しました。
お相手の方は、
私が日本人のまだ若い女の子だったので
気に留めていない様子でしたが、
母の焦った顔が恐ろしかったことが印象的で笑、
以後、気をつけるようにしています。

母が顔色を変えるくらい失礼なことであり、
重大なことなのだと感じました。

ブラジルでtuが衰退してしまった理由

元々Vossa Mercêは、ポルトガルで使われ始めた言葉でしたが、
ブラジルを植民地にしたことで、ブラジルにもその言葉が広まりました。
そしてVossa Mercêから次第にvocêに変遷していった時は、
ポルトガルとブラジル、両方で同じように変化が起こりました。

ところが、ブラジルの方がその変化が顕著に現れました。
2人称の動詞活用を使わず、文法を簡略化することが、
当時のブラジルに合っていたのです。

ブラジルは19世紀末から20世紀初頭にかけて
帝政から共和制への移行、奴隷制の廃止、移民の増加、大規模な都市化など、
大規模な変革を経験しました。
移民や、異なる社会階層の人々が交流する社会では、
より広く通用し、簡単なvocêが好まれるようになりました。

教育の現場では、vocêを標準的な2人称単数として教えたことで、
その普及が加速しました。
そこに、テレビやラジオでの放送が影響し、
vocêが一般的な言葉として定着していったそうです。

これがそのまま、
2人称の動詞活用自体を使わなくなった理由に直結しているのかなぁと考えています。

日本のポルトガル語界隈では

少し前までは日本で出版されているポルトガル語の教科書も
2人称の活用が記載されている本がほとんどでしたし、
私も大学では2人称の活用もまとめて覚えました。

しかし最近では、
ブラジル・ポルトガル語の教科書に限っては、
2人称の活用を省略した教科書も珍しくなくなってきました。

私はもちろん、2人称の活用も覚えた方がいいと考えています。
そちらの方が、より深く、広い範囲で学べますし、
昔の文献や古典などを目にしたときに
「これは2人称の活用だ」とすぐに察しがつくので、
言語学や文法などの面だけではなく、
文化の理解にとても役立ちます。
古典などは難しくて理解できませんが笑、
見慣れない2人称を使って書いてある文章などを見流だけで
心が震えてきます。
「古典はこんな書き方をするんだ」
「100年くらいしか経ってないのに、書き方が全然違う!」
文章を心や感情で感じ、味わうことができているのです。
ギリギリの世代で2人称もきちんと学べて、幸運だったと感じています。

ただ、やはり、
日本語話者があの膨大な動詞活用を体に馴染ませるというのは
とてつもない労力がいることだと実感しているので笑、
2人称活用を省略することで
より多くの日本語話者がポルトガル語に取り組みやすくなるのであれば
それはそれでポルトガル語の発展に続く形になるのかなぁとも考えています。

vocêの歴史まとめ

①Vossa Mercêがvocêの語源で、「貴殿」という敬称だった

② Vossa Mercêを使って敬意を表す際は、3人称単数の動詞活用を使って、間接的な表現が求められた

③Vossa Mercêが省略されてvocêになっていった

④ 形がvocêに変化しても、3人称単数の動詞活用はそのまま残った

⑤時代の変化とともに、vocêが一般市民も使うようになっていった

Vossa Mercêの名残りがvocêに繋がっています。

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꧁愛マリアンジェラ꧂

著書
『日常ポルトガル語会話ネイティブ表現』(出版: 語研)
※共著

電子書籍 (すべてKindle Unlimited対応)
『ブラジルとブラジル音楽とポルトガル語の話』
『ブラジルとブラジル音楽とポルトガル語の話2』

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