見出し画像

夜の緊急電話

夜10時に病院の救急センターから電話があったら悪い想像しかしないよね。そんなことが現実にあり、たまたま電話を取ることができず、留守電に入っていたのが「〇〇病院救急センターです。聞いたら折り返し電話ください」というメッセージだった。すぐかけ直したけど、手が震えているのがはっきり分かった。家族といえば夫だが、親しい友達の可能性もある。しかし状況としては、夫は昼間、友達と花見に出かけている。もともと非常に酒飲みで、酔っ払って怪我をして帰ってきたことも一度や二度ではない。彼に何かあったに違いないと確信していた。

たまたまその日の昼間は、私は実家に帰り、両親と「何かあったとき」の話をしていた。お墓の話や、通帳のありかや暗証番号、というやつだ。両親は幸いにも非常に元気で、70後半になろうとしているが週に2、3日はテニスをしているという体力、健康診断でも数値的な問題は ほぼなく、話をしていても頭もはっきりしており、この健康状態は何よりありがたい。私の体力と健康状態の方が問題がある気がする。 とは言っても、歳も歳なので、万が一の時の延命措置の話まですることができて、ありがたい、有意義な時間であった。
そんな話をして満足感を持ちながら帰宅をした、その矢先の電話である。こっちが先か!と真面目に 思った。

救急センターに電話が繋がり話すと、やはり夫が搬送されたとのことだった。幸いにも命にかかわる危機的な状況とかそういうことではないらしい。「酔っ払って上野駅のホームから落ちて頭を打ち怪我をした」とのこと、状態がどの程度悪いのかどうか、までは言及してくれない。とにかく私に病院まで来て欲しいと言われる。うちからその病院までは1時間半ほどかかる。22時過ぎ、帰りの電車はまずないだろう。だけどそんなことも言ってられないので、とりあえず行くしかない。最小限の荷物を手に家を出た。
状況が詳しくはわからないので妄想は悪い方に動く。上野駅でホームから落ちたというが、一体どういう状態だったのだろうか。病院から電話があったということは知っている人や友達などがそばにいた状況ではないだろう。酔っ払っていたとは一体どれくらいの状況だったのだろうか。話もできない状態なのだろうか。そうそう、本人の携帯電話は線路上に取り残されて、上野駅に預かられている状況とのこと。私の名前と電話番号だけを本人から聞き出したというのが、救急センターの方のお話であった。とにかく急いで現地に向かった。

夜の病院の救急センター口から入る。受付では、両耳にピアスをつけたお兄さんが割と優しい声で案内してくれた。2階の救急センター受付に行く。名乗るとあーという顔をされ、検査中なのでお待ちくださいとソファを指さされる。

しばらく待っていると警察官が3名、受付にやってくるではないか。「酔っ払って怪我をした人の件で事情徴収にきました」などと言う。この件もうちなのか?!とびっくり。弁護士を呼ばないといけないやつか??!
少しすると、警官は車いすのオジサマと一緒に別階へ移動していった。どうやら夫とは別件のようだった。

まあ結局、そこから1時間近く待たされて、本人と会えたわけなんだけれども、実際としてはそれほど酔ってもいなくて、ただ頭を打ったので動いちゃいけなくて、にもかかわらず トイレだの水飲みたいなどで動き出そうとしているのを止められていた、という状況のようだ。普段ものすごく酔っ払っている状態を見ていた私からすると、この日の状況は割と普通の状況だとは思った。酔っぱらって落ちたというよりは、仕事でトラブルの電話がかかってきて、非常に慌てた状態で、更に靴が滑りやすい靴だったために滑ってしまったというのが状況だった。ただ駅や救急センターには迷惑をかけたことになるので、それはひたすら申し訳ない気持ちである。幸いにも上野駅の線路に落ちたというのも、急行電車しか来ないような線路だったということで、電車の運行状況への影響も与えていなかったとは思う。そしてすぐにホームに引っ張り上げてくれた人がいたということで、そういった周りの人の手助けにも大変感謝の思いを馳せるものである。親切な人がいる、駅員の人が電車の運行管理をしながら線路上のスマホを拾ってくれる、救急車が来てくれる、全て含めて社会インフラが整っているって、とにかく素晴らしいことだ。

病院で会計をして2人で外に出た。歩いてタクシーを探すか、それともその辺のビジネスホテルに泊まるか、まあ ネットカフェでもいいよね、なんて言いながらブラブラと歩く。予想していたストーリーの中では最善のストーリーである。もっともっとひどい状況でタクシーに乗るしかないということも考えられたので、2人で割と元気に歩くことができたというのは本当に本当に本当に良かった。病院は都内のスカイツリーのすぐそばの場所で、時は4月1日桜は満開、泊まれる所が空いているはずもなく、ネットカフェで電車が動くのを待ち、上野駅に寄って携帯電話を受け取って、駅員さんには再度注意をいただき、帰宅した。疲れていたし彼は怪我もしたしで、仮眠を取る。彼はトラブル対応のため、お昼にはまた仕事に出かけて行った。

とにかく感謝の半日である。
今回の件は酔っ払って線路に落ちたという、自業自得と言えばその通りなのだが、別に落ちたくて落ちる人はいない。お酒を飲んだら気をつけろとか靴をちゃんとしろとかどんな時も慌てずにとかあるけれど、これは仕事のトラブルに対応せねばという反応から生まれた不安と焦りによる行動で、結局は不可抗力なのだと思う。突然生まれた不安を受け止めることは難しい。不安がいつ生まれるかわからない、つまり人はいつ、どうなるかわからない。
改めて、日々何をするか、誰とどんな時間を過ごすか、ということについて、能動的にありたいと思った次第である。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?