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88 魚道

 自転車でたまの遠出に普段行かないような山奥を目指したのだが、谷合のゆるやかなのぼり坂をしばらく走っていると、道の脇にそこそこ広い駐車場と何かの施設らしきものが現われる。

 のぼりも立っている。
 何があるのかと近づいて見てみると、魚道だという。

 魚道というとあの、堰の脇に設けられた、魚がのぼるためのゆるやかなスロープ状の、あの魚道のことを思い浮かべたのだが、それが駐車場付きの観光スポットと化しているのは想像しがたい。しっかり受付のような施設もあるが、入場無料とのこと。

 入ってみると、いきなり巨大な立坑が現れる。半径十メートルもありそうな巨大な円筒形の立坑の、内壁に沿って設けられた螺旋状の階段をしばらく降りて底につき、そこから今度は横穴へ入っていく。
 と、水の流れる音が近づいてくる。

 見れば左右に長く地下道が伸びていて、その脇に小流が作り付けてある。小流はカスケード状になっていて、狭いコンクリートの壁に水音がざーっと反響している。壁はひんやり湿っていてどこか艶かしい。

 一見行き止まりに見える道の先まで進むと、そこから折り返してまた通路が続いている。この小流のつづら折りを、魚たちはのぼっていくらしい。蛍光灯に照らされた薄暗いコンクリートの通路の脇に、流れる水は暗く濁っているように見える。

 この魚道を本当に魚は通るのか、と心配に思えてくる。
 そんな心配に先手を打つかのように、一日あたりの魚類の通過数の調査結果が掲示されているところがむしろ心配を増す。

 今まで日の元を泳いできた魚が、この薄暗い、彼らにしてみればどれほど続いているのかもわからない、迷路のような地下河川を、どのような気持ちでのぼるのだろうかと、不安になる。

 時折暗く渦巻く水面を覗きつつ、姿の見えない魚の影を幻視しながら、何度折り返したのかもわからないうちに、出口へ出た。

 外階段を伝ってふたたび魚道の入り口まで戻ると、家族連れやカップルなど観光客の姿が増えている。

 なんとなく嘘寒いような気がして先ほどの記憶を呼び覚ましてみたところ、魚道全体がなにやらひとつの巨大な臓器のように印象され、それが頭にこびりついて離れなくなった。

 来たときよりも大分、日が傾いたように思われた。

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