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万年筆のお医者さん

postcrossing。
世界の人とハガキの交換をするインターネット同好会に入会してから、一気に手書きの文字を書く機会が増えた。

もともと大学生の時から万年筆には興味があって、中国に住んでいた頃は安い万年筆を買って使ってみたりしていた。

でも、当時は学生でお金がなかったので、いつも就活帰りに通る梅田の万年筆店でキラキラとした高額の万年筆をうっとり眺めているだけだった。

社会人になってからは、毎日余裕がなくてそんな憧れからは遠ざかっていたのだが、とにかく葉書を書くようになってから手書きの文字を書くのにも、ボールペンでは物足りなくなり、万年筆に手を出した。

まあこの辺の経緯はまた別の機会に書こうと思う。

最初は3000円のものを買って喜んでいたが、それが2万円、3万円まで届くのに時間はかからなかった。

キラキラしたロシアの万年筆。木を使って作った木製の水色の万年筆。きらきら光る貝殻を繋ぎ合わせて作った万年筆。

ボーナスが出るたびに買い集めていった。

会社から戻ると万年筆を手に取って手紙を書いたり勉強したり、日記を書いたり。

とにかく、万年筆に夢中になった私は毎日が楽しくて楽しくて仕方がなくて、万年筆のためにインクから筆箱から次から次へと買い集めて行った。

そんな私の元にひょんなことからやってきた2本の万年筆がある。

親戚の家に遊びにいった時に、万年筆が好きで、集めて、書いて楽しんでいる話をしているといつも無口な叔父さんが

「お、万年筆すきなんか?」

と口を挟んできた。

「そういや、ウチの倉庫の方にMont BlancとCartierの万年筆があった気がする。
今度探しとくわ。もう使わへんし、あげるわ」

と軽く言った。

軽く言うけど、
Mont Blancと言えば、泣く子も黙らせる万年筆の最高のブランドで、どんなに安くても一本5、6万円するし、Cartierだって同じくらいする。

聞き間違いかと思ったけど、何回も何回も確認した結果、本当にくれるとのことだったのでありがたく頂戴することにした。

さて、私の元にやってきた黒光する高貴な万年筆達。

ドキドキしながらインクを入れて、
「どんな書きやすいんだろうか…」と、楽しみにして白紙にペン先を当てて一気に書こうとしたけど、Mont Blancも Cartierもインクが出てこなかった。

何回も何回もインクを入れたり出したり、
見よう見まねで洗ってみたけど、線一本すら掠れずに書けなかった。

一気にテンションが下がり、がっかりした。

せっかく憧れの万年筆を手に入れたのに書けないなんて。

残念で残念で仕方がなかった。

いつも万年筆を買っているお店に持って行くと、

「古いものだから傷んでいますし、
部品が壊れててもメーカーに出しても部品がないかも。」

と、やんわり断られてしまった。

が、なんとかしたい。

せっかくこんないいものが手に入ったのだから何とかしよう。と思いたち、万年筆の修理を請け負ってくれるお店を探してみると、思いがけず近所に万年筆の修理専門店を見つけた。

とにかく次の週末にその万年筆をカバンに入れて、自転車を転がしてその店の扉を叩いた。

「ごめんください。こちらで万年筆の修理を請け負ってくださると聞いて、、」

と言うと、出てきたのは童話の中の博士のような風貌のおじいさんだった。

「こんにちは。まあ、お掛けになって。」

「あ、すいません。」

カウンターの椅子に座って、おじいさんが手を洗っている間私は狭い店内をぐるりと見渡した。
色とりどりの万年筆が並べられ、奥の作業スペースと思われる場所には分解された万年筆が置かれていた。

戻ってきたおじいさんに、私は2本の万年筆を出すと、おじいさんはループを片手に、

「こちらのモンブランは、なるほど。75周年記念モデルのFですか。なるほどなるほど。
こちらのCartierもいいものですね。。」

といった。

めちゃくちゃ失礼な話、
私は万年筆が好きでも、Mont Blancなんてそれまで触ったことがなかったし、並べられても区別は全くつかない。

が、キョトンとしている私におじいさんは、

この万年筆がMont Blancの75周年記念限定のモデルで20年前に発売された今はもう買えない品物であることを教えてくれた。
教えてもらえるまで全く気が付かなかったが、バブル真っ只中に発売されたそのペンには、キャップに小さなダイヤが嵌め込まれていて、なんとも奢侈なペンだったのである。

Cartierも、中身の万年筆の書くペン先やコンバーターはMont Blancが委託して作っている立派なペンで、こちらもすごく価値のあるものだと知った。

説明を聞きながら私は、なんだか杖を選びにきたハリーポッターみたいな気分になった。

「二本とも素晴らしいペンで、価値があるものです。」

「叔父の父が資産家で若い頃に買ったものだと言ってました。
私が万年筆好きだからくれたんですけど、
私も好きと言っても1、2万円の国内メーカーのもの使って喜んでるくらいでこんな高いもの使ったことなくて全然わからなくて。。」

「なるほどなるほど。
この子達はね、素晴らしいペンです。
でも、どちらも軸が歪みきってるしかなり傷んでます。
でも、修理すれば、素晴らしい書き味になりますよ。」

と、おじいさんは自信たっぷりに言った。

「いくらくらいで直せるんでしょうか…?」

と聞くと、1本11,000円。

私が今持っていて、重宝している国産メーカーの万年筆が買えてしまう金額にくらりと目眩を覚えながらも、
ここまできたなら絶対に直してもらうしか無い、と思いお願いすることにした。

それから3週間くらい経って、
「できあがりましたよー」
と言う電話が来た。

いてもたってもいられず、外勤にかこつけて仕事を抜け出して取りに行くことにした。

奥から出てきた私の万年筆は持ってきたよりもピカピカになって返ってきた。

全部分解して洗浄して、傷んでいた部品は取り替えてもらえたらしい。

蓋の中も汚れていたらしく、それも洗ってもらい、まるで新品になった姿の万年筆たち。

インクをつけさせてもらい、試し書きをすると
今まで書けたことがないような滑らかで滑るような書き味にうっとりした。

「こんなに書きやすいものだったんですね…」

「だいぶん酷い使い方をされてたようですね。
いいですか、、」

と、おじいさんは万年筆の使い方を丁寧に一つ一つ教えてくれた。

「万年筆はきちんと大事に正しく使えば何年でも使えるんですよ。」

と、見せてくれたおじいさんのMont Blancの万年筆は40年使っていると言うが、昨日買ってきたようにキラリと輝いていた。

おじいさんの白衣にはMont Blancと刺繍が入っていて、それについて聞いてみると、

そもそも30年以上ずっとMont Blancのペン先を調整する仕事をMont Blancで請け負っていたらしい。

こんな人が、近所に店を開いているなんて大阪は改めて恐ろしい街だと感じた。

なんでも、私が近所の万年筆修理屋さん、と探して辿り着いたこのお店は東京から直接ペンを持ってきて依頼に来る人や、遠方から送ってくる人な日本全国から修理の依頼が来るペンの達人が営む名店だったようだ。

せっかく万年筆も戻ってきたし、やっと憧れのMont Blancを使えるということで、Mont Blancのインクも買って帰った。

先日買ったペンケースに差し込めば、圧倒的な迫力に。

するするといつまでも書いていたくなるような書き味で、修理を終えてようやく何となくよそ者感のあった万年筆は私のものになった気がする。

万年筆はどこまでも奥が深くて面白いものだとわかって、もっともっと万年筆が好きになった。

棚ぼたでうちにやってきた2本の万年筆。
せいぜい仲良くやろうね。
うまくやろうね。
せっかくうちの子になったんだからさあ。

そして、いつかはこんな高い万年筆を自分のお金で買えるような人になりたいと思うのである。

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