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テイカカズラ

 山の向こうのむこうにある幸せを目指して、あなたは一段ずつ上がってゆく。その途方もない次の一歩のために、重すぎる荷物をひろげるね。
 ひとつずつ取り出して、とりだしてならべて、そのなかにまぎれれば、あなたはひとつずつ手に取って戻していった。
 「これは置いていけない」
 「これは捨てていけない」
 「きみは必要だよ。残してはいけない」
 そうしてたったひとつだけを残して、蓋を閉じて背負ってくるりと背中を向ける。ごめんねさよなら、早口で呟く声はずるくて、きこえるたびに笑ってしまうのを、何度も、何度も繰り返す。
 最後の一段を前に、あなたはまた立ち止まって、ざりりとも動かない足に唇を噛むね。そして座り込んで泣きそうにする。あなたの重すぎる荷物は、もうたったひとつしかない。
 「手を繋いでいこう。一緒にいこう」
 ひらめいてあなたは安心したように笑うね。目を細めて手を握ってくれるね。あたたかくて、震えていて、かわいそうで、そっとほどいた。
 「きみはぼくの荷物じゃないよ」
 必死に言ってくれるね。優しい嘘でだまそうとしてくれるね。きみの手から両手を逃がしながら、子守唄を口遊んでいる。
 「きみとなら手を繋いでいけるよ、さいごまで」
 ばかだなあ、見えるでしょう、見えているんでしょう。細いほそい狭い窮屈な道だ。手探りでいくような真っ白な道だ。手を繋いではいけない、きみは、ひとりで、いくんだよ。
 「置いていきたくないよ」
 置いていかれたなんておもわないよ。とても穏やかで心地いいここで、きみの旅の安全を祈ろう。
 「捨てるわけじゃないよ」
 言い訳なんか要らないよ、美味しくないし、お腹は膨れないし。なぜだかお腹の空かないここで、甘くて爽やかで溢れてやまないなにかで喉を潤しながら、きみを祈ろう。
 「帰り道いちばん最初にあなたを取り戻すよ」
 好きにしたらいいよ。ここからきみのしあわせを見ておくから、真っ白の向こうに思い描いて見つめておくから、なんだっていいね。
 さいごのごめんねさよならは、なんだかとてもゆっくりで、いちばん本当だった。泣いてあげてもいいかなとおもったけれど、涙は持ってきていないんだった。
 
 あなたがしあわせになるための、要らないものになりたい。絡みついてしまって、頑なに結ばれてしまって、手放すことは罪悪みたいに間違えて愛してしまったから、しあわせになりにゆくあなたの、荷物に、なりたい。そうなりたい。
 
 
 
 
 
 

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