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月下で恋を歌う 陸(終)

前回

誰も来ないところ…と考えてもやはり、屋上しか思いつかない。放課後に屋上なんてベタすぎるだろ。他に妙案はなかったから、結局屋上に呼び出すことにした。

直接言うのも気まずいっていうか、恥ずかしいから靴箱に手紙を忍ばせておく。いつも通りの授業がやけに長く感じたのは、気持ちが落ち着かないからか。恋愛なんてしないと思っていた俺が、まさかこうなるとはな。

授業も終わり、屋上のベンチで文庫本を読みつつ待つが、内容は微塵も入ってこない。数分くらい経って、こつこつと靴の音が耳に入った。顔を上げると雪華がいた。ドクンと心の臓が鳴る。

「呼び出して悪いな」

彼女は首を横に振る。それどころか俺の体の心配をしてくれた。

「体はもう大丈夫。その、話ってのは…」

耳元で心臓が鳴っているかのように、全身に鼓動が響く。同時に手が震えてくる。回りくどく言わずに、はっきり伝える。そう決めたんだ。

「俺も、雪華のことが好きだ。だから、俺と付き合ってほしい」

人か、そうかじゃないかなんて、些細なことは気にしない。どうにかする方法は必ずある。人でも月に来ることは出来ることも伝えて、もう1度言った。

「それでも良ければ、俺と付き合ってください」

変な汗が手に滲む。言うのに夢中で心音なんて気にならなかった。顔が熱を持つのを感じる。多分、耳の先まで赤くなっているだろう。

「わ、私でよければ、よろしくお願いします」

少し震えた声で雪華は言った。ほっと口から息を吐き出す。まだ嫌われてなくて良かった。

**


俺らのことを知ってか、月夜様から1度戻るように命じられた。自分の家のバルコニーから向かうわけだが、心配なのか雪華が見送りに来てくれた。

今日は土曜日で学校も休み。不安げに見つめる彼女を抱き寄せて言った。

「すぐに帰る」

自分でも何やってんだって思う。柄でもない。

「いってらっしゃい」

優しい彼女の声と共に、月へと消えた。太陽は俺の斜め上のところにある。びゅんと一瞬で着くという、よくある展開ではなく、4、5分程で本殿に着いた。

目の前には既に、月夜様がいた。ぐっと腹に力が入る。

「1年じゃ足りなくなってきた頃かと思ってね」

別に驚くことでもない。心を読まれるのは慣れている。

「おっしゃる通りで」

柔らかく微笑む彼。怒らせなければ良い方なんだよな。怒らせなければ。

「じゃあ、仕事は取り消しだ。好きなだけ下界にいるといい」

月夜様は、途中で仕事を取り消すようなことはしない。なるほど、あくまで仕事というのは俺を下界に行かせるための口実だったってことか。これもまた、彼の計算のうちだったんだ。まぁ、神様ならこんな展開くらい想像するのは容易いだろう。

「あと、いつでも彼女は此処に連れてきても良いからね? 」

からかうように言う。それまでバレてるとは。気恥ずかしい気持ちで返事をした。それを聞いた彼はひどく優しい声でこう言った。

「行っておいで」

今までに聞いたことのない声だった。

「はい」

さっと立ち上がり、本殿の窓から下界を見る。此処と下界の時間の流れにはズレがある。今宵は綺麗な満月だ。

月下で恋を歌う 終

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