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月下で恋を奏でる 【其ノ弐】

前回

紅と出会ってから、俺は毎日のように神社を通った。彼女と話したり、最近は神社の掃除をしている。気がつくと季節は梅雨に移っていた。

「うえぇ…また雨か…」

木を傘代わりにしつつ、呟く。唸る俺を見て彼女は言った。

『雨、嫌いなの?』

雨…嫌いじゃないけど、好きとも言えないな。蒸し暑いし、濡れるし。今も靴下が雨を吸っていて、気持ちがいいものじゃない。

『私は好きだけどな、雨。雨音とか心地よくて好き』

しとしと降る雨を眺めてみる。確かに自然の音は心地いいな。んー、見る分には良いよな。水溜まりの波紋とか。

『それに、梅雨なら紫陽花も見られるし』

淡い青や紫色に色付いている紫陽花に視線を向ける。花に滴る雨粒がきらきらと輝き、流れ落ちていく。紫陽花は梅雨が見頃だし…まぁ、梅雨も悪くは無いか。そう思う辺り、案外俺は安いのかもしれない。

「せめて、湿気がなければなー」

乾いた暑さなら耐えられるんだけどさ。洗濯物も乾かないし。ぼやく俺に紅は僅かに笑い声を漏らす。 
 
明日は境内の掃除ができればいいな。雑草や葉を拾い集めることくらいしか出来ないんだけど、紅はそれで十分だと言う。人が来ればいいのにと思うが、そうなると2人でゆっくり話せなくなる。でも彼女を思うなら…と考えるが、いつも結論は出ない。

ふと浮かぶのは、人が来なくても紅の力は保てるのかということ。本人に聞きたいけど、どうもなぁ。この際聞いてみる…か。

「なぁ、少し失礼ってかアレなんだけど、此処ってあまり人が来ないけど、紅は大丈夫なのか?」

聞いてしまったと、内心汗が吹き出す。何秒か間を空けて、彼女は答えた。

『有名な神社よりも、弱いけど大丈夫だよ。知られてさえいれば、消えることは無い』

「良かった。神社のことってよく分からなくてさ…嫌な質問してごめんね」

紅は首を横に振った。彼女といると落ち着くんだよな。ずっと一緒に居たいって思えるほど。だから、安心した。って、流石にそれは言えないんだけど。

徐々に雨足が強くなってきた。

『そういえば、光希の傘は?』

きょろきょろしながら、彼女は言う。誤解しないでほしい、梅雨なのに傘を忘れる馬鹿ではない。まぁ、去年やらかしたんだけど…。

「登校中に突風で…な。走って帰るから大丈夫!」

この後、本当に走って帰って全身びしょ濡れになったことは言うまでもない。

*

早く夏になれと思っていたけど、夏になったなったで秋になれと思ってしまう。夏は嫌いどころか好きなんだけどね。

「暑い…何でクーラーつけられないんだよ…」

学校の部室でなだれ込む。3年生が引退し、何故か俺がこの軽音部の部長になったのだ。そう人数が多い訳でもないし、別にいいか。軽音部といえど、特に大きな活動はない。1番大きなイベントが文化祭ってところだ。

「まぁ、テストが終わったら使えるようになるから」

励ましてくれるのは、ベース担当の雪花。この部で唯一の女子だ。テストという単語が俺の胸に深く刺さる。何で俺は、高校生なんだ。頭をぶんぶんと振り、ギターを手にする。

軽音部なのに、ボーカル担当の奴は半ば幽霊部員みたいなもので、来たり来なかったりする。俺は歌がそこまで上手くない。聴きたいと言われたりするが、いつも丁重に断っている。

ギターを軽く鳴らす。よし、やるか。

室内に音色が響く。この感覚が1番好きだ。俺が音と、この部屋と共鳴してるような感覚。初めて楽器に触れた時から感じてきた。弾いている間は無駄な雑念が入ってこない。

月に居た頃も何かを弾いていた。ギターやベースから、ピアノ、そして琴や三味線…気がついたら用意されてあったな。時には、幼馴染みと呼べる存在の奴とも一緒にしたことがあった。俺が弾いて、彼が歌う。月夜様に聴いていただいたこともあったな。懐かしい。

そんなことを思い出しながら、2曲弾いたところで時間が来た。集中していると、時間はあっという間に流れてしまう。授業の時は無限にも感じられるのにな。

「じゃあ、今日はおしまい。次は明後日だな」

雪花の返事を聞き、下校する。こうやって神社に寄らない日もあるんだ。

次の日。

今日はいつもよりクラスがざわついている。何かあったっけ。机についた俺にクラスメイトが話しかけてくる。

「な、光希。今日の夏祭り、誰と行くんだ?」

思わずカレンダーに目を向ける。そっか、今日だったか。考えていると、彼女か? と茶化してくる。一緒に行きたい人、そう聞かれて浮かぶのは、やはり1人…1柱の女性だった。

家に帰って、ごそごそとクローゼットを漁る。たしか、月夜様に頂いた浴衣があったような気がするんだけど。でもな、1人で浮かれていたらどうしようか。彼女はどう思っているんだろうか。胸の奥がざわつく。

1度、深呼吸をして気持ちを落ち着かせようとする。悪い方に考え出すと、止まらなくなるんだよな。何度空気を体内に入れても、ざわめきは落ち着かない。

こうなったら、"当たって砕けろ"だ。和服で身を包み、髪を軽く整える。鏡の向こうの自分は生き生きとしていた。

「よし、良い感じ…なはず。大丈夫だ、頑張れ光希」

頬を叩き、家を出る。外は既に薄暗くなっていた。スニーカーより履きなれた下駄で屋台が並ぶ道を歩く。

時々すれ違う恋人たちを見て、羨ましく思う自分がいた。いつもより人がいる神社。辺りを見ても、彼女の姿はない。人が多いからか? それとも…ぐるぐる考えていると、ぐいっと袖を引かれた。

「い、いつもと違うから中々見つけられなかった…」

鈴のような可愛い声、今までに聞いたことがない声がした。ばっと振り返ると、浴衣を着た紅がいた。鮮やかな赤色や桃色が、黒髪を引き立てている。

「え、あっ…今、声…」

紅は視線を逸らしている。脈が走った後のように速くなっていく。何も言えずにいると、空から大きな音が響いた。数秒も経たないうちに、光が夜を照らす。夜空に光の花が、何度も咲いては散っていく。

「綺麗だ」

そう呟くと彼女も頷く。夏の風物詩、だな。

「良かった…今日、来てくれて。浮かれているの私だけだったらどうしようって思ってたから」

不安だったのは、俺だけじゃなかったのか。ほっと胸を撫で下ろす。

「俺も、不安だったよ。でも来てよかった。その、紅の浴衣姿も見られたし」

口にした途端恥ずかしくなって、慌てて花火に目を向ける。自分が今、どんな顔をしてるのか分からない。

「…来てくれて、ありがとう」

彼女の小さな声に合わせて、空に大きな花が咲いた。

【其ノ参へ続く…】

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