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ひるねはきもちいい、と書いた日記。

あわやまり

大人の自分と、子どものときの自分。どっちが自分らしいんだろう。

今ではわたしは、色んなことに過敏で、聴こえ過ぎたり、気になり過ぎるのだけれど、実は小学校の頃はかなりぼんやりした子だった。片方靴下が下がっていても全然気にもしないような感じだった。

喘息持ちで発作のためかなり学校を休んでいたから、授業にもついて行けず、なかなか大変なことも多かった。
けれども、1年生の冬休みに書いた日記から読み取れるのは、自由さだ。


12月30日
「ひるねはきもちいい」
きょうわたしはひるねをしました。だってきょうはひまだったから、ぼけっとしているだけじゃつまらないからひるねをしました。
ー先生のコメントー
だい(題)が◎です。大そうじもすんで、あとはお正月をまつだけなのね。


先生は赤ペンの綺麗な字で、毎日コメントを書いてくれている。
これを書いたのが12月30日だったのに、どうして暇だったのか。大そうじもすんで、と書いてくださっているが、本当に大そうじをしたのか(多分やってない)、それは日記には書いていない。なにより、こんなぶっちゃけたことを、学校の先生に見せる日記に書くとは、どういうことか。そして、始まりは謎の3マス空けをしている。1マス空けた後行は2マス空けている。この日記は冬休みが明けてから出すので、全部このスタイル。先生にも「あけない」と指摘されている。
そして次の日。

12月31日
「ともだち」
きょうわたしはAさんとBさんといっしょに、Bさんのうちでシルバニアであそんだとさ。(あそびました。に直されている)わたしがうさぎのおねえさんをつかって、Bさんがうさぎのあかちゃんで、Aさんがうさぎのおかあさんをつかってあそびました。ともだちとあそぶとたのしいな。
ー先生のコメントー
そうですね。ぼけっとしているよりはずっといいですね。

最もなご意見だと思う。
しかしここでも、なぜ大晦日に友達とシルバニアをしたのかよくわからないし、「あそんだとさ」なんてふざけたことを、よく書いたな、と思う。

そして年が明け、元旦の日記。

1月1日
「としはどうして!」
きょうわたしはひいおばあちゃんのいえにいきました。そのときわたしはおもった。みんなとしは1つだったのが2つになってだんだん、みんなのとしが大きくなっていくからふしぎだな。
ー先生のコメントー
としが大きくなるってすてきないいかたですね。

先生のコメントが優しくて泣けてくる。きっと、わたしはすごく気になったんだと思う。他の日記には使われない「!」がタイトルに入っているのだから。

そして短い冬休みは終わる。

その日記の中に、先生のコメントでこんなのがある。

ことしは、たいいくを休まずできるようになれるかしら。

そう、わたしは体育もよく休んでいた。もちろん喘息だったからだと思う。わたしは小学校から大学にかけて、なによりも体育が苦手だった。運動神経がよくないのだ。跳び箱も跳べないし、逆上がりも出来ない。三点倒立とか器械体操は絶望的で、どうしてこんなことをやるのか分からなかった。走るのも遅いし、そもそも走ると喘息が出るものだから、よく校庭のはしっこに体育座りして見学していた。


「なわとび」

体育の授業の
なわとびがきらいだった

みんなでいっせいに始めて
ひっかかったら、その場に座る

わたしはいつも
一番に座った
そしてみんなが
ひょんひょん跳んでいるのを
見ていた

飛んでいるみつばちを見る
羽根のないみつばちみたい

どんなかたちかわからないけれど
みつばちですらなかったけれど
わたしにも羽根がついていると
わかったのは
もっとあとのおはなし

詩画集「わたし、ぐるり」より

小学校のわたしと今のわたし。
だいぶ違うけれど、どっちもわたしらしいと自分では思う。
「ひるねはきもちいい」と先生に出す日記に書けるわたしが、すこしうらやましいような気はするけれど。


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