#19.みっつの道
何者でもない者たちの物語:烈火の魔女と本読むゴブリン
#19.みっつの道
翌朝、早起きのノタックが、ポーリンの身体をゆすった。
「起きてくれ、様子が変だ」
切迫した言葉とともに目覚めたポーリンは、周囲の風景が昨晩とは一変していることに気づいた。
彼女たちは、枯れ木が形作るアーチの前にいた。そして、眼前には、ぼろぼろの木製テーブルと、その上には銀色で縁どられた古い皿が置かれていた。
ポーリンの眠気は一瞬にして吹き飛んだ。
折しも、昨日まで空を覆っていた薄雲は晴れ、朝日が空を黄金色に染めていた。
「これは・・・森に呼ばれている?」
そう言って、ほっそりした指を形の良い顎に当てて考え込む。
「ここで一夜を明かしたことが関係ある?あるいは昨晩の昔話が関係あるのか・・・」
ぶつぶつつぶやく。
その間に、ノタックは他の者たちを起こしていた。
寝入る前とは全く異なる光景に、魔法の力の驚異をまざまざと感じ、それぞれの者はそれぞれの感慨に浸っていた。
チーグは興奮し、木のテーブルを詳しく観察した。
「うぅん、ここの枯れ木とは違う材質だなぁ・・・それに、この皿は一体・・・」
「多分、血の伝言の魔法ね」
ポーリンが言葉を挟む。
「何だって?」
「血の伝言・・・この森は、正統なるゴブリン王を求めているようなので、恐らくあなたの血が必要だと思う」
「・・・本当に?だがまあ、おまえが言うなら多分そうなんだろう」
チーグは少しためらうように、銀色の皿を見つめながらつぶやいた。
「まあともかく、朝食を食べてから考えよう!」
簡単に朝食を済ませ、めいめいが身だしなみを軽く整えてから、一行は改めて謎の皿と向き合った。
日はすっかり高く上り、頭上には青空が広がっていた。
ポーリンの言葉に従い、チーグは恐る恐る手のひらをナイフで切り、皿の上に血をたらした。ポタポタと黒い血が皿に落ちていくつかのしみを作る。ポーリンは、魔法の呪文を唱えた。
黒い血が炎を発し、空中へと浮かび上がる。
そこで、炎は宙に文字を描いた。
ノトとデュラモははじめから文字を読むことをあきらめる。ノタックは、それがドワーフ語ではないことだけ分かった。
「うーん、悔しいが、これは読めないぞ・・・」
数々の本を読みこなしてきた<本読むゴブリン>にも、その文字は読むことはできなかった。
それは古代ルーン文字。
サントエルマの森では落第生だったが、かろうじて古代ルーン文字を習得していたことに、ポーリンは感謝した。
「古い魔法の言葉・・・いまから読みます」
ポーリンの言葉を待ち、一行は固唾をのんだ。
長く、緩(ゆる)い道
短く、険(けわ)しい道
そのいずれでもない道
いずれかを選べ
「ほう?」
チーグは丸めた右手を顎に当てた。
「みっつの道が選べるということか?しかし、どれが正解か・・・」
「興味深い」
それらは簡単な言葉だったが、簡単なゆえに謎は深まった。ポーリンも腕を組んで考え込む。
「よし、みなの意見を聞こう」
チーグが手を叩き、そう促した。
まず、恐る恐るノトが口を開いた。
「長く、緩い道、というのがらく・・・いや、危険が少ない、気がします」
チーグが視線でデュラモを促す。
「ゆっくりしている時間はありません。短く、険しい道が良いかと」
力強く言うデュラモに、ノトは嫌そうに眉をしかめた。
「ノタックはどう思う?」
続いて、ノタックに聞く。
「・・・これは、なにかのなぞなぞでしょうか?自分は、どちらでもない道、というのが気になります」
「ふむ」
チーグも少し考え込む
「ポーリンは?」
「そうね・・・」
ポーリンは、昨晩聞いた話に思いを巡らせながら、言葉を選んだ。
「たしかに、謎かけの可能性もあるけれど、そもそも森に入ることが許される者が限定されるとするなら、言葉通りかも知れない・・・ヤザヴィは、後進を育てたかったのよね?」
「そうだな」
「私たちの力を計っているのかも・・・自信があるなら、“短く、険しい道”を選ぶべきだと思う。デュラモの言うとおり、あまりゆっくりもしていられないしね」
「ふふん」
チーグは嬉しそうな表情を作った。
「“険しい道”とやらを恐れぬ自信、やはりそなたは<烈火の魔女>と呼ぶに相応しいな」
「自信という意味であれば、自分もあります」
ノタックが姿勢を正しながら、きっぱりと言った。
「もちろん、そうだろうよ。おまえたちが仲間で、本当に良かったよ」
チーグはそう言うと、穏やかな表情でノトを見た。
「ノト、かまわないな?」
「はい、むろ・・・無論でございます」
従者であるノトに選択の余地はあまりないが、それでもノトの覚悟を促すのにチーグの言葉は役に立った。
「“熱い窯ほど、カエルは早く茹でる”と言うしな」
チーグがそうつぶやいた。
「それはどこの大哲学者さまの言葉かしら?」
ポーリンが興味深げに問う。意外なほどに、チーグから学ぶことは多い。
チーグはいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「掃除係のボルの言葉さ」
そう言ってから、チーグは改めて両手を叩いた。
「さて、それではみなの者、『短く、険しい道』を行こうか!」
(つづき)
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