羨ましい人たち
海が走るエンドロールという漫画が好きです。
現在、3巻まででていて、まだ完結していない漫画です。
漫画は特に沼だから買わないぞと思っていたわたしに初めて漫画を買わせた漫画です。
ざっくりと、こーんなあらすじです。
ね、既に面白そうですよね。
今日は主人公のうみ子さんと海くんが羨ましいという話をします。
ふたりはお互いの才能?人間性?に惚れ込んでいて、うみ子さんは海くんで映画を撮りたいと、海くんはうみ子さんで映画を撮りたいと言っています。
なんかね、それがすごく羨ましいんです。
そう思える人がいることが羨ましいのでしょうか。切磋琢磨できる人がいることが羨ましいのでしょうか。よくわからないけどとっても羨ましいのです。わたしにも創作の話ができる友人がいる(本当にありがたい)のになにが羨ましいのでしょうね。
ちなみにうみ子さんという人間自体羨ましいし、海くんという人間自体も羨ましいです。
うみ子さんの年齢に囚われずにやりたいこと(映画を撮ること)をみつけて、それを実現するために美大に入るというパワフルさ、勉強熱心な真面目さ。
海くんのミステリアスさ(きっとこのミステリアスさは心のうちに秘めてるものがたくさんあることからきてるんだろうな)、タフな体力、向上心、なぜか人を惹きつけるものがあること。
2人が人生を送っていく上で身につけたものなので、羨ましいというのは違うかもしれませんが、羨ましいと思ってしまいます。わたしにはわたしのよさがあるはずだと信じていますが。
作中で、海くんがうみ子さんをおもしろいと言っているのですが、とても羨ましいです。
だって、人間的におもしろいって無敵じゃないですか。わたしは可愛いとかかっこいいとかより人間的におもしろくなりたいです。魅力的だし、見てて飽きない人間になりたい。
あと、うみ子さんが海くんに「うみ子さんはつくる側の人間だ」と言われるシーンがあるのですが、ああいいなあとなりました。さっきから羨望の眼差ししか向けてないですね。
もうなにもつくりたくないとなった時、自分が海くんに言われたと思い込みながら頑張れるのでこのシーンがとても好きです。やばいやつだと思われそう。
なにもつくりたくないとなった時、と書いたのですが、わたしいうてなにもつくってないんですよね。エッセイとか読書記録とかは書いているけどつくったにはいるのかと言われるとどうなんだろうと思うし、写真も撮ってるけど元々そこにあるものを拝借して撮らせてもらってるだけだし、もっと自分で創り出さないといけないなと思っています。
最近noteをやってる友人に、「awaiはおもしろいんだからもっと自分を出したらファンがたくさんつくと思うよ」とめちゃくちゃありがたいことを言ってもらったのですが、まだわたしの覚悟が甘いので、なかなか心の中をnoteで見せることができません。
誰に見られてもいいように、って考えているのでどうしても無難な文章になってしまいます。
もっと恥ずかしいこととかたくさん書きたいです。がんばれ、自分。
さっきの友人の言葉を信じると、わたしの覚悟ができたらもっとみんなに楽しんでもらえるnoteが作れるらしいので、なんとかします。だってね、せっかくわたしのnote読むっていう時間くれてるんだもん、今も全力ではあるのですが、もっと全力でこちらもかかっていきたいです。
写真もね、もっと頑張ります。というかちゃんと勉強します。
海が走るエンドロール、ぜひ読んでみてください。わたしが太鼓判押しておきます。
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