見出し画像

野村克也は何故スワローズの明るさを禁じなかったのか

今年も、この日がきた。

野村克也監督の、命日。

私は昨年、たまたまこの日を沖縄・浦添の地で迎えた。
監督、コーチ、選手、スタッフ、すべての人がグラウンドに整列し、黙祷を捧げる。
高津臣吾監督の隣には、古田敦也臨時コーチ。「黙祷」の声と当時に訪れる、球場の静寂。空にたなびくチャンピオンフラッグ。
野村克也を偲ぶためだけのこの時間を過ごしたくて、昨日私は機上の人となった。

1992年から2001年までのヤクルト黄金期は、とにかく明るいチームだった。
勝っているチームが明るいのは当たり前だろうが、20代の若者が勝利にはしゃぐ姿だけでなく、野球の合間やオフに見せる芸達者な一面もまた魅力だった。
私も当時は若者。明るく元気な、少しお兄さん世代のヤクルトを見ることが楽しくて仕方がなかった。

そんな若者たちを、野村克也はどう見ていたのだろう。

ヤクルトは元々「ファミリー球団」と呼ばれる、仲間の絆が深いチームだ。
「移籍してきた選手が、半日いるともう打ち解けている」という逸話も、ファンの耳には届いている。
そんな、平和な歴史を積み重ねるヤクルトにやってきた、まったく“キャラ”の違う野村克也は、当時の選手たちに「ID野球」を教え込んだ。

連日連夜開かれる野村ゼミに、若者たちは食らいついていった。その結果、全員が「考える野球」を体得し、チームはリーグ連覇、日本一になるまでに強くなった。

しかし、野村克也は、その持ち前の明るさを否定し、野球漬けの日々だけを与えたわけではなかった。
当時の選手たちは異口同音に「野村監督は、僕らが明るくワイワイ騒いでいることに関しては、特に口を挟んでこなかった」と証言している。

野村克也にとって、強くなっていくチームを見つめることは、きっと楽しかったに違いない。
いや、そんな余裕はなかったかもしれない。
しかし、自身が考えて、頭を使って野球をすることで、“勝利”という結果を手に入れる喜びを知った若者たちを目にして、それが指導者としての喜びでないわけがないと、そう思うのだ。

「明るく強いヤクルトスワローズ」をつくったのは、ヤクルトの明るさを禁じることなく、考える野球で強さを共存させた、野村克也その人だった。

若者たちが、座学の眠気に耐え、必死につけたノートは今、「野村ノート」というバイブルとして、皆の手元に残っている。
そして、そのノートを引っ提げて、皆、野球の指導者になった。

今日の3周忌。黙祷の列には、古田敦也臨時コーチの隣に、真中満臨時コーチが並んだ。2017年に監督を退任してから、7年ぶりの現場復帰だ。
そしてふと、浦添のグラウンドを見渡すと、なんだかOBだらけだった。

編成部長の伊東昭光。背番号18。黄金期のエースだ。
スーツ姿で現れた引退したての坂口智隆に、現役たちが代わる代わる声をかけにくる。
解説席には、大矢明彦。中継では、古田敦也と中村悠平のツーショットに、「この並び、いいなぁ」と言っていたそうだ。彼こそが、背番号27の原点。子どものころの私が見ていた背中だ。

古田敦也と真中満の直接指導に、選手と一緒になって耳を傾ける松元ユウイチと大松尚逸。
打撃投手もブルペン捕手も、ヤクルトのユニフォームを着ていた選手たち。
知っていることとはいえ、これだけのOBが今のヤクルトを支えているのかと、今更ながら驚いた。

すべては「ヤクルトを勝たせるため」。

そのために、これだけのOBが集結している。

しかし私は、それを不思議だとは思わない。
明るく強く戦ったあの日々が、スワローズのOBたちを支え、明るく強く勝つことの喜びを継承すべく、スワローズに戻ってきた。
「戻ってきていい場所、戻りたい場所」であることの証明のような気がして、胸が熱くなった。

そしてそれは、今も変わっていない。
塩見泰隆は、「プライベートなことも何でも話せる。クラブハウスに来るのが楽しみ」と言っている。
石川雅規も同じことを言い、「塩見が言ってた?    じゃあやめようかな」と笑った。
ファミリー球団の明るさに、2年前から強さが加わった今のスワローズ。
野村克也のつくった「人」が紡いだ、スワローズの歴史だ。

野村監督。
監督は、30年後のこの光景を想像していましたか?
この、OBたちも含めて一枚岩で戦うスワローズをつくったのは、あの時、この球団から明るさを取り上げなかった野村監督だと、私は確信しました。
いいえ、スワローズの明るさを禁じる必要などなかったでしょう。
彼らはしっかり、野球をしていましたから。監督が教えた考える野球を追求することに楽しさを見出し、勝つ喜びを積み重ねたあの日々が、今日のOB大集合につながっているんです。
監督。
チャンピオンフラッグの「NIPPON」が、「CENTRAL LEAGUE」になったことを、高津臣吾は相当悔しがっています。
今年のキャンプは、初日から出力MAXです。毎年そうだと怒られるかもしれませんが、エンジンのかかり方がいつもと違うような気がするんです。
ヤクルトが今、総力戦で勝ちにいっていること。オールスワローズで昨季の悔しさを晴らそうとしていること。そして、現役たちが、明るく元気なこと。
ファンとして、誇りに思います。
教え子たちと一緒に、私も明るく強く戦います。

2023.2.11 @ANA BALL PARK 浦添

……何か言ってください、監督。

令和5年2月11日 田村あゆみ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?