1凍

[ 凍 ]

初版発行: 2005年*文庫版
著者: 沢木耕太郎
登場人物: 山野井泰司、山野井妙子
ジャンル: ノンフィクション

 クライマーの名前は知っていた、また、彼らが登山途中重度の凍傷にならざるを得なかった報道の記憶も薄く持ち合わせていたがその程度。読み始めてしばらくして、一体どのような人なのだ?と頁記述の圧倒さにネットで検索すると、そこに現れた山野井夫妻が醸し出すあまりの穏やかな空気。静止画像ではまだ情報が不十分とインタヴュー動画を拝見するが、そこに映るご夫妻も過酷な登攀をされる人には見えなかった。
 例えばカトリック教会の中でも最も厳格と云われるグランド・シャルトルーズ修道院修道士のように夫妻の生活は山とは関わりの無い物を一切排した清貧に近い日々を送る。修道士らのように目的がある夫妻には下界の生活は十分にそれで満たされ、全ては只「山に登る」、いや正確には「美しいラインを山にひく」為に登攀に集約した時間を送る。名誉欲でも山頂コレクターでもない、8000mへの拘りでもない。夫妻が求めるのは『美しいライン』が引けるのか、その山は登るにふさわしい美しさがあるのか。フリーソロのstyleが多いことでも解るように拘るもう一つは『アルパインルート』、それだけ。周到な用意が出来ても天候まではコントロール出来ず翻弄される。どこにもperfectは存在しない状況の中で命あって下山できるのか保証がない山の頂へ夫妻は進む。18本の指を失っても尚山への意欲を失わない妙子さん。正直、私には理解は出来ないし同調もない。生活の全てが山に集約されることを何に例えてよいのかわからない。つまりはそこまで欲するものが私には無いのかもしれない。
 沢木氏の文はまるで登攀の夫妻の傍らに居たように精緻で余計な感想を挟まない。ギャチェンカン登攀の山野井夫妻を記録映画の様に描く。

 

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