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グランドピアノを弾いてみた

昭和50年代生まれの私の世代には、子供の頃ピアノを弾いていた女性が多いのですが、なぜか私はピアノに縁がなく、バロック音楽を愛していた父の影響で、聴く専門の大人になりました。

9年前、娘がどうしてもピアノを習いたいと言い始め、マラケシュの我が家にヤマハの電子ピアノがやってきました。
家に鍵盤楽器がある。
なんだか嬉しくなって、私も見よう見まねで簡単な曲を弾き始め、娘と同じ先生に習い始めました。
それから一年、素人の気軽さで、好きな曲を練習してはレッスンに持っていく、という楽しい時間を過ごしました。
先生はフランス人のおじいさんでしたが、私の30分レッスンの時間の半分は、昔話(自慢話)と、先生の演奏会。でも、大人の入門編の私にはちょうど良い感じ。マラケシュでクラシック音楽に触れられる時間は貴重で、毎日練習し、発表会ではモーツアルトのK545を弾きました。

「弾ける」という言葉にどんな意味が込められているのか、多少わかるようになった今はとても「弾いた」とは言えませんが、とにかく両手をそれらしく動かしました。楽譜の細かい指示無視の無茶苦茶な演奏だったと思いますが、とにかく楽しかったです。

当時、ピアノ歴一年の娘はバッハのインベンションに入っていました。
私がどんなに片手練習を重ねても、両手で弾けなかった一番を簡単に弾いているのを見て、自分が弾きたいという気持ちがしぼんでしまい、私はピアノから離れてしまいました。

その後、ベルリンに来て最初に用意したのは、娘のグランドピアノ。空っぽのアパートに黒い大きなピアノだけが届き、なんかすごいものが家にあるなあ、と思ったのを覚えて居ます。当時10歳だった娘に必要だったのかどうかわかりませんが、当時の先生の「グランドだと成長が違うんですよ」という言葉に影響されて、ボストンの家庭用サイズを入れました。
私はもう、鍵盤を触らなくなってから随分経っていたので、弾いてみたいなという気持ちにもならず、そのピアノは娘専用になりました。

娘は練習し続け、今ではショパンのエチュードやバラードを練習する毎日。
私がピアノに触ることはほとんどなく、たまに娘が「何か弾こうか?」と言うたびに隣で聴いては、「今日のは良かった」「この間の方がよかった」などと勝手なコメントを言っていました。

5月のある日。突然ピアノを弾きたいなあと思い、時計を見ると12時過ぎ。13時から15時は弾けない時間。15時過ぎたら子供達が帰ってきます。
娘の楽譜棚を覗いて、一番簡単そうな、バッハの「アンナマグダレーナの小品集」を出してみました。有名なト長調のメヌエットが載っている楽譜です。
傍らには、犬が不思議そうな顔をしてお座り。
ピアノの前に座るのは娘のはずなのに、一体何をしているんだろう?
なんか知らない曲だなあ。すぐ止まるから歌えないなあ。と言う顔。
昔弾いた、あるメヌエットの右手を弾いてみましたが、なんだか思ったよりも大きな音が出ます。あれ、近所迷惑だから、小さめに弾こう、と思うと今度はスカスカの変な音しか出ません。
間違えないようにしようと思うと、上ずった声のような、変な音が出ます。だいたい、鍵盤が重いのです。
電子ピアノでは、なんとなく弾いても、それなりに曲っぽく聞こえたのに、グランドピアノでは、「ものすごく緊張した人がつっかえつっかえ人前で下手な外国語で話をしている」みたいな音になります。

毎日15分だけピアノを触ることにしました。そうすると、下手なりに、少しだけ進歩します。昨日できなかったことができることが嬉しくて、また15分練習すると、ほんの少しだけ上手になる。ちょっと楽しいかも。

さて、今日は初レッスンでした。
とは言っても、先生についたわけではなく、娘が週に30分、教えてくれることになったのです。
適当にワンポイントアドバイスしてくれるんだろうなあ、と思って居たら大違いで、
「ママ、指番号が違う。そこは3だから。」
「ママ、全体的にもっとゆっくり。間違えない様に正しく弾いて」
「ママ、ちゃんと見てね。なんでメゾピアノがピアノより小さいの?」
「ママ、親指の付け根引っ込ませないで。手の形が変だよ。」
「ママ、そこだけ早くなってるよ。メトロノーム使って練習して?」
「両手で弾いて?あれ?練習してないでしょ?ちゃんと練習してね」

みっちりレッスンでした。
「そこまでたくさん一気に言われても、直せないから、携帯でも見ながら、手を抜いていいから。横に立たないでくれる?もうちょっと離れて座ってくれない?」

「でも気がついたことはちゃんと言わないと。練習してないとがっかりするから、来週までにはちゃんと両手で合わせられるように、ゆっくり正しくメトロノーム使って練習してね。それから、音をちゃんと聞いてね。」と娘。

楽譜に忠実に弾くことの大切さ、いかに一音の響きにこだわっているのか。9年間、娘のレッスンを見て来たので、それは分かるのですが、私はただ鍵盤に触れることが楽しいんです。
超簡単な超入門編にもバッハっぽい音が出てきて、それを感じるたびにワクワクする。
両手で弾いて、きれいな和音が出てきたら嬉しい、とかそう言う楽しみなので、ゆるゆるとお願いします。しかし、真剣に音楽を勉強中の娘にそう言うのも気が引ける。マラケシュ時代みたいな手抜き先生がいると良いのですが….

10年近くピアノママをし、レッスンを見学し、コンサートに頻繁に行き、耳だけは肥えてしまったので、自分が弾く音は、例え簡単なメロディでも耐え難い音だと言う認識はあり、ふと我に帰ると、なんでまた弾き始めたのか良くわからないのですが、とにかく、どんなに簡単なことでも、昨日できなかったことができたと言うことに純粋な喜びがあるので、とりあえず数ヶ月は続けてみようかと思います。


上の文章を書いて、公開するのを忘れて放置している間に、3週間が経ちました。毎日15分練習を続けて新曲に入りました。
今度の曲は、BWV Anh 115。哀しく美しいメヌエット。
こちらの方が大人向きというか好みなので、最初の超簡単な左手を合わせるだけでうっとりしながら練習しています。
ちなみに、一曲目(116)は暗譜で弾けるようになりました。音楽としてはさっぱり上手くなりませんが、なぜか犬のモネが気まぐれに隣で歌ってくれるようになりました。モネにとってはうまい下手はどうでもよく、気に入った和音やメロディが出てくると歌いたくなるみたいです。
家に一人でいるときに練習するのですが、犬が隣で歌ってくれると、なんだか音楽している気がしてなかなか良い感じ。

ちなみに娘のレッスンはしばらくお休み・・・というか私が楽しくないので、勝手に弾かせてもらってます。




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