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リビジョンブロッカー第1話

【あらすじ】
未来には、過去を改ざんする者と改ざんを阻止する者がいる。
ある日、阻止者マリが現代に来ると、生きとし生けるものを愛する中3の飴野と出会った。マリは急遽、中大兄皇子が蘇我入鹿を暗殺する「乙巳の変」改ざん阻止の命を受け645年に行く。が、飴野も来てしまう。すると改ざん者が入鹿と接触して、未来が変わりつつある。
飴野はヒマロと出会い親友になる。その頃、マリは中大兄皇子に捕まる。飴野がヒマロの看守の仕事に同行すると、牢屋にマリがいた。その時、マリの事を改ざん者だと勘違いした入鹿の手下が、マリ奪還のためヒマロを殺す。
飴野は復讐のため、マリを手伝い、入鹿暗殺を遂行。殺人に対する後悔の念を抱きながら現代に戻る。
(300字)

【補足説明】
小説ではなく脚本です。
あらすじでは「乙巳の変」しか書いていませんが、本編冒頭は「桜田門外の変」を描いています。
数多あるタイムリープ物のひとつなので、必ず「何かに似ている」と思われそうですが、何もパクっていません。
と言うより、「すべてのタイムリープ物に影響されてる」と思ってくれると助かります。

【本編】
○江戸城・桜田門外(1860年・朝)
   しんしんと雪が降る。
   道の脇に、侍たち、町人たち、水茶店の客たち。
   彦根藩士の行列が、井伊直弼を乗せたカゴを運んで来る。
   浪士の森六五郎(24)、直訴状を持って行列の前に立ちはだかる。
森 「たてまつる、たてまつる!」
藩士たち「?」
   日下部三郎右衛門(39)、やって来る。
日下部「どけどけい! 道を開けろ!」
森 「天誅!」
   森が日下部を斬る。ザシュッ!
   藩士たち、うろたえたり逃げたり、尻餅をつく者も。
藩士1「何だ!?」
藩士2「狼藉者だ!」
藩士3「くっ、柄袋のせいで抜けない!」
   藩士たち、柄袋を被せているせいで抜刀できない。
   浪士の黒澤忠三郎(30)、物陰からカゴにピストルを向ける。
   何者かに、ピストルを持った腕を折られる。バキッ! 拍子にあさっ
   ての方向に撃つ。バキュン! ピストルを落とす。
黒澤「くっ、何やつ!?」
リビジョニスト(過去改ざん者)「誰も死なせないから」
   黒澤の腕を折ったのはリビジョニスト。ウェットスーツのような服
   に、顔半分を覆うほどのマスク、そしてサングラス。
町人「ピストルの合図だ!」
客 「行くぞ!」
侍 「天誅!」
   侍のみならず町人や客を装っていた浪士たちが、藩士たちを斬る。
   藩士たち、バタバタと倒れる。
藩士1「ひい!」
   藩士1、滑って転ぶ。
   浪士の有村次左衛門(23)、ザシュと藩士1を斬ってカゴを睨む。
有村「井伊直弼、天誅!」
   有村、カゴを刺そうとすると……
   リビジョニスト、光線銃のグリップで有村の後頭部を殴る。
有村「うっ!」
   有村、気絶する。
リビジョニスト「井伊直弼さん。逃げましょう」
   リビジョニスト、カゴを開けようとすると……
   ドゥシュンと撃たれ、胸にポッカリ穴が開く。
   穴の向こうに、光線銃を構えた幕田マリ(16)。リビジョニ
   ストと同じ服だ。サングラスを外して、
マリ「残念だね、リビジョニストちゃん」
リビジョニスト「ブロッカーめ……」
   リビジョニスト、倒れて蒸発する。
マリ「カゴを撃て」
黒澤「その必要はない。井伊直弼は我々の手に落ちた」
マリ「撃て!」
黒澤「み、右腕が折れていて撃てんのだ」
   マリ、ピストルを拾ってバキュン!
   カゴに穴が開く。
井伊の声「うっ!」
   マリ、ピストルを黒澤に渡す。
マリ「黒澤が撃ったことにしろ」
黒澤「え? ああ、拙者が撃った」
  有村、目を覚ます。
有村「ううっ……井伊直弼は?」
マリ「まだ生きてる。刺して」
   マリ、刀を拾って有村に渡す。
有村「お主の手柄を横取りしてよいのか?」
マリ「はばかりなく」
有村「……国賊井伊直弼! 天誅!」
   有村、刀を籠に刺す。ズブッ!
井伊の声「うぐっ!」
   刀を伝って血が垂れる。タラリ……
マリ「1860年、桜田門外の変、リビジョン(改ざん)阻止。今から戻る」
   ぶぅん。ワームホールが現れる。
   ワームホールに片足を入れるマリ。
有村「そなた、何ゆえにこんなことを?」
マリ「過去は変えられないし変えちゃいけない。甘んじて受け入れるもの」
マリM「たとえそれが大規模自然災害でも大虐殺でも……原爆投下でも」
   涙を流すマリ。サングラスを装着してワームホールに入る。
   ぶぅん。ワームホールが消える。

○タイトル

○岩戸中学校・全景(現代・午前)

○同・三年一組(午前)
   窓際に金魚鉢。
   金魚を見ている学ランの飴野イワオ(15)。
飴野M「魚はいいなぁ、上手に泳げて」
   教師の伊奈美佐(28)が教科書を読んでいる。
美佐「当時の日本は国づくりスムーズに進めるために権力を一つにまとめよ
 うとしてたの。唐という国の律令制をマネして」
飴野M「唐、とう、とう、塔子ちゃん……」
   飴野、目を閉じる。
美佐「でも強大な力を持った蘇我入鹿(そがのいるか)が邪魔だった」
飴野M「塔子ちゃん……」
美佐「だから645年、中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)と中臣鎌足(なかと
 みのかまたり)は、入鹿を暗殺した」
飴野M「塔子ちゃん……」
美佐「それが乙巳(いっし)の変。大化の改新の始まり。ここまでは習ったよ
 ね?……飴野、寝るな!」
   飴野、パッと目を開けて、
飴野「はい?」
美佐「蘇我入鹿は何年に暗殺された?」
飴野「命は大切です! 殺しちゃダメです!」
美佐「歴史を変えるな!」
飴野「さーせん!」
   生徒たち、ゲラゲラ笑う。
美佐「飴野は生き物係だよね? 金魚鉢が殺風景だから何とかして」
飴野「金魚鉢に入れるビー玉を持って来ました」
   飴野、ビー玉の入った袋を出すとバラバラ落としてしまう。
飴野「いけね!」
   飴野、ビー玉を踏んでステンと転んでしまう。
飴野「あいた!」
   生徒たち、ゲラゲラ笑う。
   男子1と男子2、ニヤニヤ見ている。

○アスファルト(午後)
   蟻が歩いている。
   スニーカーが蟻を踏んづける。

○通学路・歩道(午後)
   足元を見てギョッとする飴野。
飴野M「踏み潰しちゃった! 申し訳ない!」
   飴野、顔を上げると……
   男子1と男子2に囲まれている。
男子1「その蟻、俺のペットなんだわ。慰謝料よこせ」
飴野「悪い! お墓を作るから許して!」
男子1「墓!? 蟻の墓!? 何だ、コイツ、気持わるっ!」
   男子2、ペットボトルの水を飴野の頭にかける。
男子2「俺の水をこぼしたな? 弁償しろ、五万円」
飴野「み、み、水……」
   飴野、ブルブル震える。
男子2「聞いてんのか? 五万だ」
   飴野、ブルブル震えている。
男子2「おーい?」
   飴野、ブルブル震えている。
   ぶぅん。飴野の目の前にワームホールが現れる。
飴野「……え?」
男子1「何だ、これ?」
男子2「空中に穴?」
   男子2、ワームホールに手を伸ばす。
   ヌッとワームホールから出て来るマリ。例の格好をしている。
飴野「!?」
男子1「何だ、コイツ!?」
男子2「穴から出て来た!」
男子1「服がダセー!」
マリ「ダサい?」
   男子1の肩を掴むマリ。グググ……とものすごい力。
男子1「いたたたっ!」
   男子1、尻餅をつく。
   飴野、男子1に手を差し出し、
飴野「大丈夫か!?」
男子1「うっせー!」
   男子1、逃げる。
男子2「待てよ!」
   男子2、逃げる。
   マリ、ジロジロと飴野を見て、
マリM「晴れてるのに濡れてる! ヤバイ奴だ!」
   飴野、ジロジロとマリを見て、
飴野M「変な服着てる! ヤバい奴だ!」
マリM「エロい目で見てる!?」
飴野M「おしゃれだと思ってる!?」
   ガサゴソ、マリの背後から物音。
マリ「!?」
   マリ、振り返って光線銃を撃つ。
   光線が野良猫に当たりそうになる。
野良猫「にゃ!」
マリ「猫か」
飴野「動物虐待! 警察呼ぶぞ!」
マリ「警察ぅ?」
   マリ、サングラスを外して睨む。
飴野「呼ばない!」
飴野M「こわっ!」
   野良猫、グルグルと喉を鳴らして飴野にスリスリ。
飴野M「かわゆい! 撮る!」
   飴野、スマホを猫に向ける。
マリ「それ、スマホってヤツ?」
飴野「? 見りゃ分かるでしょ」
マリ「初めて見た」
飴野M「初めて!? 絶対ヤバい奴だ! 離れないと!」
   飴野、反対側を向く。
   飴野が向いた方に空中ディスプレイが浮かび上がり、顔のないダルマ
   のようなタイラ(年齢不詳)が映し出される。
タイラ「マリ、お仕事よん」
マリ「は? 神奈川の町田併合を遂行しに来たんだけど」
   飴野にディスプレイは見えていない。
飴野M「空中に話してる! がぜんヤバい奴だ!」
タイラ「町田合併は別のブロッカーが済ませちゃった」
マリ「せっかく来たのに!」
タイラ「んなことより乙巳の変が阻止されそうなんだわ」
マリ「されないでしょ」
タイラ「様子だけでも見て来てよん。特別手当出すから」
マリ「面倒だなあ。ねえ、乙巳の変って起きたよね?」
飴野「イッシノ……何それ?」
マリM「よりによってバカに聞いちゃった!」
マリ「教科書見せて」
飴野M「ヤバい奴だから言う通りにしよ」
飴野「バッグの中にある。テキトーに探して」
   飴野、バッグを開いてマリに差し出す。
   マリ、バッグをあさって、
マリ「国語、数学、ビー玉!?」
飴野「やば。金魚鉢に入れ忘れた。学校に戻んなきゃ」
マリ「あった、歴史の教科書」
   マリ、教科書を出してパラパラめくる。
   白紙のページが続いている。
マリ「645年以降、真っ白!」
飴野「やった! 勉強が少なくて済む!」
マリ「黙れ!」
飴野「黙る!」
タイラ「リビジョニストが蘇我氏と接触したんだなぁ」
マリ「蘇我氏がこの国を支配すんの?」
タイラ「蘇我氏が支配したらどうなっちゃうんだろぉ? ウケる!」
マリM「ウケてんじゃねえよ」
マリ「ねえ、飴野イワオ」
飴野「どうして俺の名前を……」
マリ「教科書に書いてある」
   車道で、車が右側を走っている。
マリ「車って右側通行だっけ?」  
飴野「うん、右側通行」
マリ「飴野が右と左を分かってないわけじゃないよね?」
飴野「そ、それぐらい、わ、分かるわ!」
マリ「あ、これ、分かってないわ」
飴野「いいからバッグ返せ!」
タイラ「日本は左側通行だよん。なのに右側になっちゃった。ウケる!」
マリM「だからウケてんじゃねえよ」
マリ「未来が変わりつつあるんだ」
飴野M「何言ってんだ!? ヤバすぎる!」
タイラ「ウケる!」
マリM「ウケすぎだろ。お前も消えるかも知れないんだぞ」
マリ「タイラ。645年に送って」
タイラ「んじゃ、乙巳の変の前日へGO!」
   ぶぅん。ワームホールが現れる。
マリ「今からリビジョン阻止に向かう」
   マリ、飴野のバッグを持ったままワームホールに入る。
飴野「俺のバッグ!」

○森林を切り開いた道(645年6月・午後)
   高い所でワームホールが開く。
   マリ、出て来て三点着地。
   空中にディスプレイが現れて、タイラが映る。
タイラ「んじゃ、よろしくぅ」
   ディスプレイが消える。
   飴野が尻から落下する。ドサッ!
飴野「あたっ!」
マリ「何してんの!?」
飴野「バッグ返して。ビー玉が入ってんだ」
マリ「ガキか?」
   目の前をニホンカモシカが横切る。
飴野「ニホンカモシカ!? 絶滅危惧種なのに!」
   飴野、目を輝かせる。
マリ「ここは645年だから」
飴野M「645年? 混じりっ気なしのヤバい奴だ!」
飴野「ここはただの田舎だよ。いきなり645年に来るわけないじゃん」
マリ「いきなり田舎に来るのも変でしょ」
飴野「確かに……」
マリM「すぐに気づかないトコを見ると、マジのバカだ」
   マリ、飴野に光線銃を向ける。
飴野「ひっ!」
マリ「飴野を狙ってんじゃない、後ろ」
   飴野、振り返る。
   ニホンオオカミが歩いている。
飴野「ニホンオオカミ? 絶滅したのに……本当に645年? て言うか撃つ
 な! 食べるため害をなくすため、それ以外に殺しちゃダメなんだ!」
マリ「今、害を受けそうなんだけど」
   ニホンオオカミ、去ってゆく。
   マリ、光線銃を下ろす。
飴野「ニホンオオカミがニホンカモシカを追ってった……」
マリ「これで645年だって信じた?」
飴野「……金魚鉢にビー玉入れなきゃいけないんだ。2030年に帰して」
マリ「おっけ。タイラ。ワームホールを開けて」
   ぶぅん。ワームホールが開く。
飴野「じゃ、お先に」
   飴野、ホールに片足を入れようとすると、カツンと透明の板に当たっ
   て入れない。
飴野「透明の板があって入れないぞ」
マリ「マズい! 2030年、アンタの存在は消えかけてる! だから帰れない
 んだ!」
飴野「そ」
マリ「もっと驚け!」
飴野「だって、何すりゃいいのよ?」
マリ「このままだと私も帰れない」
   パカパカパカ、馬の歩く音が近づく。
マリ・飴野「?」
   馬に乗った蘇我入鹿(30代)と蘇我蝦夷(そがのえみし・50代)がや
   って来る。
   蘇我親子の護衛をしている手下の中に、三人のリビジョニスト。
マリ「!」
   マリ、飴野を引っ張って木の後ろに隠れる。
飴野「あの三人、同じ服だ。おーい同じ服……」
   マリ、飴野の口を押さえる。
飴野「もごもご!」
マリ「しっ! まだ戦うわけにはいかないの」
飴野「戦う? 知り合いじゃないの?」
マリ「アイツらはリビジョニスト」
飴野「え!? リビングデッド!? ゾンビ!?」
マリ「いちいち驚くな! しかも間違ってる!」
飴野「さっきはもっと驚けって言ったくせに」
マリ「未来には、過去を改ざんしとうとするバカがいるの」」
飴野「君はそのバカなわね」
マリ「私は改ざん阻止するブロッカー!」
飴野「君ってヤバい人だよね?」
マリ「マジでブロッカー! ブロッカーの幕田(まくだ)マリ!」
飴野M「妄想が暴走してる」
マリM「コイツ、信じてないな」
   蝦夷、リビジョニストたちを指し、
蝦夷「息子よ。お前が山背大兄(やましろのおおえ)を自害に追い込まなけれ
 ば、こんなワケの分からない護衛など付ける必要なかったのだぞ」
入鹿「あんな無能どもが上に立ったら民は安らげません。民の安らぎがなけ
 れば国の未来はないのです」
蝦夷「無謀な行動は慎め」
入鹿「父上は慎重すぎます」
マリM「蝦夷と入鹿。親子で悪そうな顔だ」
蝦夷「ところで、中大兄(なかのおおえ)と鎌足の動きは?」
入鹿「我らには仏がついています。奴らを御すことなど容易……獣!」
   入鹿、飴野とマリが隠れている隣の木を指す。
   リビジョニスト1、木に向けて光線銃を発射。
中臣鎌足(31)「ひ!」
   鎌足、木の後ろから出て来る。
入鹿「これはこれは中臣鎌足殿。いつもコソコソと愉快な奴だ」
   と去る。
鎌足「くっ」
   と拳を握って去る。
マリM「あれが中臣鎌足」
マリ「用を済ませて来る」
飴野「小便?」
マリ「違うわ!」
飴野「うんこ?」
マリ「もっと違うわ! タイラ。スーツを送って」
   ワームホールが現れて、「おえっ!」とスーツ一式を吐き出す。
   ×      ×      ×
   マリの前に、マリと同じ格好をした飴野が立っている。
飴野「どう?」
飴野M「こんなダサいの嫌ぁ!」
マリ「似合ってる」
マリM「似合ってない!」
飴野「ありがと」
飴野M「似合ってるなんて嫌ぁ!」
マリ「抗菌、抗ウイルス素材。この時代にはまだ存在してない病をうつす可
 能性があるから、着なきゃなんないの。予備があってよかった」
飴野「俺たちって不潔なんだ」
マリ「その言い方やめて! マスクには古い言葉を翻訳する機能もある」
飴野「やった! もう英語を勉強する必要ないじゃん!」
マリ「2030年にはまだない」
飴野「ないのかよ。サングラスは何のため?」
マリ「サングラスは説明が面倒」
飴野「面倒!? で、俺はどれぐらい待ってればいいの?」
マリ「七時間ぐらい」
飴野「ふーん、ななじか……七時間も!?」
マリ「鎌足を追わなきゃ」
   マリ、走り去る。
飴野「あ! 俺も一緒に……」
マトジの声「きゃあ!」
飴野「!?」
   飴野、振り返って森の方を見ると……
   少女マトジ(17)が怯えている。
飴野M「塔子ちゃん!?」
マトジ「誰か!」
   飴野、マトジの視線を追うと……
   猪がマトジに突進して来る。
飴野「!」
   飴野、手がブルブル、足がガクガク。
マトジ「誰か!」
飴野M「助けなきゃ!」
マトジ「誰か!」
飴野「塔子ちゃん!」
   飴野、マトジに向かってダッシュする。
飴野M「間に合え!」
   飴野、バッグを盾にしてマトジの前に飛び出る。
   マトジ、猪を指して、
マトジ「誰か! 今晩のご馳走を捕まえて!」
飴野M「へ? ご馳走?」
   ドスン! 猪の一撃を受け、死んだように気絶する飴野。

○中大兄皇子の館・外観(夜)

○同・広間(夜)
   三脚台の上に油皿、油皿の上に火のついた紐。いわゆる結灯台(むすび
   とうだい)が照明。
   佐伯子麻呂(さえきのこまろ・以下、佐伯)、葛城稚犬養網田(かつらぎ
   のわかいぬかいのあみた・以下、葛城)、蘇我石川麻呂(そがのいしか
   わのまろ・以下、石川)、鎌足、そして中大兄皇子(19)が車座にな
   っている。
鎌足「今のままですと、この国は成長しません」
中大兄「分かってる」
鎌足「あちこちに散らばった権力をまとめなければ国力は弱まります」
中大兄「分かってる」
鎌足「なのに! 横暴で残酷な蘇我鞍作(そがのくらつくり・蘇我入鹿のこ
 と)がどんどん力を強めているのですよ」
中大兄「分かってる!」
鎌足「しかし最近、奴らに反発する声が高まっています。討つなら今です」佐伯・葛城「うむ」
石川「討つと言っても簡単ではありません」
鎌足「私に案があります。あす、百済、新羅、高句麗の使者が天皇(すめらみ
 こと)に貢物を献上します。蘇我鞍作はそこに出席します。そのとき……」

○板蓋宮(いたぶきのみや)・儀式の間(鎌足の想像・朝)
   すだれの向こう側にいる皇極天皇のシルエットが、薄らと見える。
   すだれの前で、石川が貢物の目録を読んでいる。
   石川の後ろに、神妙な面持ちの入鹿と使者たちが座っている。
   佐伯と葛城、柱の陰に隠れている。
鎌足の声「貢物の目録が書かれた上表文を読み上げます。そのとき柱の陰に
 隠れている二人に合図を送ってください」
   石川、チラリと柱を見る。
   佐伯と葛城、柱の陰から飛び出して入鹿を囲む。
鎌足の声「そして奴を囲むのです」
   入鹿、ギョッして逃げようとする。
鎌足の声「仰天しているところに、我々も突入」
   槍を持った中大兄と、弓矢を持った鎌足が突入して来る。
   目を閉じて観念する入鹿。
鎌足の声「そして……」
   佐伯と葛城、剣を振り上げる。

○中大兄皇子の館・大広間(想像明け・夜)
   車座になっている一同。
石川「しかし蘇我鞍作は猜疑心が強く、決して剣を手放さないというではな
 いですか」
鎌足「安心してください、俳優人(わざおぎひと)が剣を取り上げる算段にな
 っています」
   一同、ヘラヘラした俳優人を思い浮かべる。
石川「しかし変な服を着た護衛がいますよ」
   一同、シビっとした三人のリビジョニストを思い浮かべる。
鎌足「奴らも俳優人が突っぱねます」
石川「できますかね?」
鎌足「できますよ。その後、誰も入って来ないよう門を閉じます。蘇我鞍作
 は袋小路です」
中大兄「この計画が失敗したら未来はない。我々の未来ではなく、この国の
 未来が」
   ゴクリ、唾を飲み込む一同。
   カタッ、外廊下から音がする。
鎌足「誰だ!?」

○同・外廊下(夜)
   逃げようとするマリ。
   鎌足、立ちはだかる。
マリ「!」
鎌足「変な服!」
マリM「アンタらの方が変だよ!」
鎌足「奴らの護衛だな!」
   手下たち、マリを囲む。
   マリ、光線銃を向ける。
マリ「タイラ!」
   空中ディスプレイが現れて、タイラが映し出される。
タイラ「うっさいな。うんこしたいんだけど」
マリ「漏らせ」
タイラ「漏らしたよん」
マリ「きたなっ!」
タイラ「お、囲まれてんじゃーん」
マリ「手下たちの子孫状況を調べる暇がない。今すぐ射殺許可をくれ」
タイラ「子孫状況を調べなきゃダーメ」
マリ「頼む! 射殺許可をくれ!」
鎌足「コイツは誰と話しておるのだ?」
手下1「気が触れてるんですよ」
手下2「おとなしくしろ」
   手下たち、マリに槍を向ける。
   マリ、光線銃を構える。
タイラ「銃をおろせ!」
マリ「射殺許可を!」

○川岸(飴野の夢・夕)
   雪の降る中、飴野(12)が川で溺れている。
飴野「助けて! 助けてよ!」
   川岸から塔子(17)が走って来る。塔子はマトジと瓜二つだ。
塔子「イワオちゃん!」
飴野「塔子ちゃん、助けて!」
塔子「今行く! 耐えて!」
   塔子、川に飛び込んで飴野を抱える。
   飴野、塔子に引かれて川岸に向かう。
塔子「イワオちゃん、もうすぐだからね!」
   川岸に上がる飴野。フゥと息をついて振り返り、川を見る。
   塔子、意識朦朧で流されてゆく。
塔子「誰か、誰か、助け……」
飴野「塔子ちゃん!」
   ブルブル震えているだけの飴野。

○竪穴式住居・中(夢明け・夜)
   眠っている飴野。ガバッと起きる。
飴野「塔子ちゃん、行かないで!」
飴野M「……夢か」
   少年ヒマロ(14)、入って来る。
ヒマロ「あ? てめぇ、人んちで何してんだ!?」
   ヒマロ、石槍を手に取って、飴野に突きつける。
飴野「や、俺は……」
ヒマロ「ぶっ殺す!」
飴野「ちょ、待って!」
   マトジと娘のツグメ(3)、入って来る。
マトジ「ヒマロ、何してんの!?」
ヒマロ「泥棒をぶっ殺す、マトジは死体を片付ける支度だ」
飴野M「マトジって言うのか。だよな、塔子ちゃんなわけないよな。て言う
 か俺、殺されるの!?」
マトジ「その人は猪から私を助けてくれたの」
ヒマロ「ウソつけ。こんなヒョロガキに助けられるわけねえ」
マトジ「この猪汁がその証拠だよ」
   マトジが差し出したのは、玄米、塩、猪汁といった質素な食事。
飴野「俺、猪を殺しちゃったのか」
マトジ「君を弾き飛ばした後、木に激突して勝手に死んだの」
飴野「勝手に死んだ……よかった」
マトジ「殺すのがそんなに嫌?」
飴野「殺したくない。食べるため害をなくすため以外は」
マトジ「この猪も遊びで殺したわけじゃない。食べるため害をなくすため」
ヒマロ「殺されるのはもっと嫌だろ?」
   ヒマロ、石槍を飴野に近づける。
マトジ「槍を置いて!」
   マトジ、バチンとヒマロを叩く。
ヒマロ「てめぇのせいで叩かれた! いつでも殺せる準備はしとく!」
マトジ「無視して食べて」
飴野M「え!? この状況で食うの!?」
飴野「じゃ、じゃあ頂きます」
   飴野、マスクをずらして猪汁を一口飲む。
飴野M「くさっ! 味付け塩のみ!」
マトジ「美味しい?」
飴野M「食べたくない! 話をそらそう!」
飴野「君たちは、きょうだい?」
ヒマロ「幼馴染だ。だけどまあ、あれだ、俺たちはいずれ、な?」
   とマトジを見る。
マトジ「ヒマロはただの同居人」
   ガーン! ヒマロ、石槍を落として座り込む。
マトジ「えーっと、君は……」
飴野「飴野イワオ」
ヒマロ「変な名前」
飴野M「アンタらもな!」
マトジ「イワオには何人いるの? 子供」
飴野「俺、まだ十五歳だから」
ヒマロ「マトジは十四歳でツグメを産んだぞ。ツグメはもうすぐ三歳だ」
飴野M「十四歳!? 大人だ!」
   マトジ、ツグメを抱きしめる。
マトジ「ツグメは私の宝物」
ヒマロ「俺も十四歳になった。そろそろ結婚を考えてて、な?」
   とマトジを見る。
マトジ「相手がいないじゃん」
   ガーン! ヒマロ、青ざめる。
飴野「子供さんがいるのに旦那さんはいないってこと?」
マトジ「……」
ヒマロ「俺の兄貴がマトジの旦那だった」
飴野「だった? もしかして……」
ヒマロ「蘇我大臣(そがのおおおみ・蘇我入鹿のこと)が山背大兄王(やましろ
 のおおえのおう)を襲ったとき、巻き込まれて死んじまったよ」
マトジ「あの人は星になって、私たちの慎ましやかな生活を見守ってるの」
   マトジ、半ベソをかいて外を見る。
   満点の星空だ。
ヒマロ「だな」
飴野「蘇我大臣って相当ヤバいんだな」
ヒマロ「怖いぞ。この国を乗っ取ろうとしてるぐらいだからな」
マトジ「この国はもうすぐ蘇我氏のものになる」
飴野「……」
ヒマロ「それにしてもイワオは変な服を着てるな」
飴野M「アンタらもな!」
   飴野、チラッとマトジを見る。
飴野M「塔子ちゃんに似てるなあ、あの頃に戻りたいなあ、あの頃に……」
   飴野の目から涙がこぼれる。
マトジ「ん? どうしたの?」
飴野「や、別に」
   飴野、涙を拭って猪汁を食う。
飴野M「くさっ!」

○中大兄皇子の館・外廊下(夜)
   鎌足と手下たちに光線銃を向けているマリ。
   タイラが空中ディスプレイに映っている。
マリ「タイラ! 射殺許可を!」
タイラ「ごめーん、マリ。歴史の徒花(あだばな)になってちょ」
マリ「徒花? 死ねってこと?」
タイラ「あすの朝までに釈放されなければ、死んだとみなして代わりのブロ
 ッカーを送る」
マリ「ハナからソイツを送れよ!」
タイラ「とにかく射殺は許さないよーん」
   プツッ、ディスプレイが消える。
   マリ、光線銃を下ろす。
鎌足「捕らえろ」
   手下たち、マリを捕縛する。
マリ「……」
(つづく)


2話

3話

#創作大賞2024 #漫画原作部門


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