レジリエンス

レジリエンスは物理学の用語で「外力・ストレスによる歪み」に対して「対抗、復元する力」と定義される。
心理学では、ストレスに対する抵抗力や回復力の意味で使われ、個人の特性として働き方改革、人事評価関連で使われている。
我々は、レジリエンスを「生態系のネットワーク構造」の視点で捉え直し、マーケティングのひとつの分析軸にすることを考えている。
<「レジリエンス思考」を定義する>
富士山麓の樹海も釧路湿原も独自の生態系(ニッチ)を保持することで持続性を得ている。
樹海は植生の遷移(変化)、湿原は乾燥化などの自然の変化をこうむるし、外力、つまり外部からの力(侵入する動植物)を拒絶できないオープンなシステムである。
外力の中で最も暴力的なのは人間(の農業を含む経済開発)である。
外力による「歪み」圧力(ストレス)を弱化し、対抗し、修正、回復する力を生態系のレジリエンスといい、このレジリエンスを本来的に持っているのが生態系である。(レジリエンスがない場合は環境という)
生態系がもつレジリエンスの閾値以上の外力が加わると生態系に「レジームシフト」が起こり、生態系は不可逆的変化を受ける。
<マーケティングのレジリエンスとは>
市場、企業、製品、ブランドはそれぞれ固有の「ネットワーク構造の生態系(ニッチ)」を持っているとし、それぞれが独自のレジリエンスを持っているとする。自由市場の生態系ネットワークは外力(市場・ユーザーの変化、競合の戦略)に対してオープンであるので外力を防御することはできない。
外力に身をさらしながら外力の衝撃を吸収、弱化、修正、回復する能力を保持した安定的生態系(ニッチ)を維持する「自然力」をマーケティングのレジリエンスと定義する。
例えば、競合メーカーが価格攻勢(安売り)を仕掛けてきたとき、自由市場なのでそれを止めさせることはできない。価格攻勢の影響をモロに受けて自社のシェアは低下していくはずである。売られたケンカを受けて立って低価格戦略を採用するとシェア低下と同時に利益も低下するリスクが高くなる状況が予想できる。
安定的だった生態系に擾乱が持ち込まれたことになる。
この外力がレジリエンスの閾値を超えなければ、安定的な生態系に戻る。
通常は、価格攻勢を仕掛けたメーカーにも体力の問題があり、いつまでも低価格戦略はとれない。
一定の価格差、期間であれば一時的にシェアを奪われても攻勢が終われば元のシェアに自然に回復させることができ、その回復力こそがレジリエンスである。
この外力、擾乱がレジリエンスの閾値を超えてしまうとレジームシフトを起こす。
価格攻勢に負けてシェア落とし、その低シェアが安定的になるのがそのブランドにとってレジームシフトであり、安定的だった市場全体が価格競争が激しい市場に変化することは市場のレジームシフトである。
<レジームシフト>
生態系に対する外力が閾値を超えてかかり続けると生態系が維持できなくなり違う生態系にシフトする。これをレジームシフトといい、これが起こると元の生態系に戻すことは不可能になる。
レジームシフトは近年の気候変動の話に結び付けられるが、地球規模でなく生態系のニッチでもレジームシフトは起こる。
マーケティングのレジームシフトはイノベーションのジレンマの別名といえる。
安定した生態系にいて、生態系つまり、その業界のトップシェアにいる者こそイノベーションのジレンマに陥りやすいということである。
現在の外力がどれくらいのパワーなのか、生態系のどの部分に影響しそうかを精度高く事前分析することは困難である。
たとえ分析できても対応するすべがない、対応戦略が現在の自分の地位(トップシェア)を捨てざるを得ない状況であることもある。
その点、ここ5、6年のトヨタのEV対応は乗用車ジャンルの生態系のレジリエンスを見事に見きっていたと言える。
レジリエンスは、企業・製品の寿命、ライフサイクルの要因であるし、レジリエンスを超えたレジームシフトは新市場の誕生につながることも多い。
<レジリエンスとマーケティング分析>
マーケティングでのレジリエンスの測定方法はまだ開発されていない。
おそらくネットワーク構造であろうとの仮説を持っている。
企業にしろブランドにしろ、製品・サービスの製造能力、ノウハウの蓄積がネットワークのノードを形成し、それにリンクして販売能力、広告宣伝力、流通支配力などノードとつながるネットワークを作っている。
それらと立体構造で、参入市場の特性、セグメント、ターゲッティングなど市場とのリンクも張られ、レジリエンスが作られていると考える。
概念的に考えて、
・発売されたばかりの製品以外はレジリエンスを持つ
・ロングセラーブランドはそれぞれ独自のレジリエンスを持つ
・企業にもレジリエンスはある。
ということは言える。
<レジリエンスとSTP>
レジリエンス概念を使ったマーケティング分析のキーワードは生態系、ネットワーク、複雑適応系、冗長性、変化への適応である。
マーケティングの基本概念のSTPをレジリエンス思考で見直すとSTPそれぞれに「生態系」概念をあてはめることができる。
全体市場をセグメントする際、セグメンテーションの結果がひとつの生態系をなしているか、ターゲティングの時、ターゲットがその生態系のニッチを形成しているか、ポジショニングの範囲が生態系を形成しているか、などをチェックすることで、STPとレジリエンスは融合できるのではないか。
こうすることで、企業、マーケターの「意思」が生態系の中に閉じられ、データ分析が発散してしまうことを防ぐ。
<生態系:ネットワーク構造vsマーケティング:ヒエラルキー構造>
生態系分析は、地球の全環境をあるニッチで切り出し、その環境と参入するアクターの振る舞いの関係性を生態系の「持続可能性」をキーにして、複雑適応系として分析する。つまり、生態系はネットワーク構造であるを仮定してネットワーク分析を行おうとしている。
この視点では、生態系は所与のものであり、企業やマーケターの意思はアクター、あるいは外力とされる。
一方、マーケティング分析はトップの「意思」をキーにして、それが末端の実働部分にまで早く正確に伝わり、それの評価がこれも早く正確にフィードバックされるヒエラルキー構造を仮定していることが多い。
この生態系のアクターは「意思」によって作られ、動くものとされる。
ここでは「持続可能性」よりも「効率性」「優位性」がキーになる。
<冗長性>
ネットワーク構造は、意思伝達は遅いし、ノイズの発生など効率は悪いと言われる。ただ、その非効率な構造ゆえにひとつのノードやハブが潰れても「リンクの組み換え」がたやすく、外力への対抗力が強い(ロバストネス)。システムの中に冗長性を持ち込むことによってロバストネスを達成している。
ヒエラルキー構造はトップダウンに意思が伝わり、横に流れることがないので効率的で早く強い。
ただ、横からの圧力には脆弱であることが多く、レジームシフトを起こし、それへの対応に失敗する(イノベーションのジレンマ)リスクが大きい。
ネットワークのレジリエンスは柔構造で外力を受け流す、ヒエラルキーのレジリエンスは剛構造で外力に対して真っ向から対抗しようとする。
STP(マーケティング)思考よりも、生態系ネットワーク思考の方がレジリエンスが高いのである。
マーケティングにネットワーク思考を持ち込むことを考えたい。
その中で重要なのが「冗長性」の積極的活用であろう。
外力を包み込み、その力を脇に流してしまうには冗長性がマーケティングにも必要である。
冗長性は効率思考では排除すべきものだが、今後はレジリエンスのための冗長性を組み込む必要がある。
それは企業組織・意思伝達、企業文化、ブランドを支えるものとなるはずである。



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