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094. 「二十一世紀の大黒柱」

二〇〇二年、教団の体制も整ってきたある日、マイトレーヤ正大師が一緒にいた数人の師にこう言った。

「とても印象的なヴィジョンを見たんだ。噴火する火山と龍神があらわれて、それからとても神聖な感じのする柱があらわれたんだよ。それを自分がまわして、スポークのようなものをこうやって押してね。左手にはチベットの僧侶のような人物がいた。そして『二十一世紀の大黒柱』という声が聞こえたんだ」(1)

身振り手振りを加えて話す様子から、それがとても印象的なヴィジョンだったことが伝わってきた。成就者全員が集まる会合でも、マイトレーヤ正大師はこのヴィジョンの話をしたので、私はちょうど読んでいた神話の研究書に「乳海攪拌(にゅうかいかくはん)」という絵が載っていたことを思いだして言った。(2)

「それはインドの乳海攪拌という神話にとても雰囲気が似ていますね」

正大師は、ヴィジョンがインドの神話に似ていることに心惹かれたようだった。ほどなくして山に登ったら、偶然にも「大黒岳」という名前で、高速道路のサービスエリアに立ち寄ると「大黒柱」と書いてある1メートルほどもある麩菓子が売っていたという。それに驚くだけならまだしも、その麩菓子を大量に購入し、修法して(エネルギーを込める)イニシエーションとしてサマナに配った。

私は大きな黒い麩菓子をもらって、「はあ…」と気が抜ける思いがした。それを神聖なものとして受けとる気持ちにはなれなかった。

この頃、マイトレーヤ正大師は行く先々で頻繁に虹を見るようになった。神々しいほどの虹、あるいは二重三重の虹が出現したといっては正大師もまわりも奇跡に酔っているようだった。そして、そのうちに「ヴィヴェーカーナンダ」というインドの宗教家と正大師が似ていると盛り上がりはじめた。ヴィヴェーカーナンダはインドの大聖者ラーマクリシュナ(3)の高弟で、アメリカに渡って真理を広めた聖人だ。そう指摘された正大師は興味深いと思ったのだろう、現在自分の周囲にいるサマナと、ラーマクリシュナの弟子たちの顔や性格の類似点をあげて言った。

「この人、T師に顔が似ているよね」

すると秘書室の師が歓声を上げた。

「うぁー、似てる、似てるー」

それは内輪話にとどまらず、全サマナの集会でプロジェクターを使って写真を大きく映し出しながら、ヴィヴェーカーナンダと正大師の類似点や、ラーマクリシュナの弟子たちと教祖の弟子たちの類似点を発表した。

「これを聞かせて、いったいどうするつもり?」

私はかなり白けていた。正大師の教団改革には概ね賛成だったが、大黒柱や虹や、過去世でヴィヴェーカーナンダではないかということが、教団の中枢から声高に言われるとついていけなかった。(4)

神秘体験や共時的な現象(シンクロニシティー)は、当事者にとって神々しいことでも、それを聞く者にとっては白々しいものになりがちだという特徴がある。おそらくオウムで最も多くの神秘体験をしたのは麻原教祖だったと思うが、教祖はそれをあまり語らなかった。まれに説法でふれるときは、さらっと話してそれにこだわることはなかった。

マイトレーヤ正大師にとって「二十一世紀の大黒柱」というヴィジョンは神の啓示だったのだろう。正大師は、一九九九年末に教団に復帰して、二十一世紀に入ると同時に教団を建て直し、復活させようとしていたのだから、「二十一世紀の大黒柱」という神のような声は「これからは自分が中心になって世界を救済していく」という自覚を正大師にもたらしたと思う。

神話的要素を含んだヴィジョン(夢)を見るとき、人はなにかにとり憑かれたように自分を見失っていく。そのとき必ず共時的な出来事が頻発してくるので、さらに神秘にからめとられていく。
このように個人が見るヴィジョン(夢)が神話的要素と重なると、自我は神話(人類の夢)を生みだす巨大なエネルギーによって舞いあがり肥大する(エゴ・インフレーション)。それは内的世界を歩む者が深みに入っていくとき、必ずつきまとう危険だということは強調してもしすぎることはない。


(1)上祐氏自身による「二十一世紀の大黒柱」のヴィジョンの描写は以下。
「最初に火山の噴火があり、その後に龍神のヴィジョンが現れた。その後に、世界中に向けて神聖なエネルギーを発する回転体が現れ、その回転体から、透明感のある赤を中心とした美しい色のエネルギーが、私の方に棒のように伸びていた。
 私は、それが非常に貴重なものであると感じ、自分の手で掴み、その棒を押すことで、その回転体を回転させた。同時に、その時に、「21世紀の大黒柱」という声が聞こえた。また、その場には、チベットのように赤い服を着た僧がいて、見守っていた。」(ひかりの輪HPより)
(2)「乳海撹拌」は、古代インドの大叙事詩『マハーバーラタ』や『ラーマーヤナ』にあらわれるヒンドゥー教の天地創世神話。
太古、不老不死の霊薬アムリタをめぐり、神々とアスラ(悪鬼)が壮絶な戦いを繰り広げていたが、両者は疲労困憊し、ヴィシュヌ神(世界の維持神)に助けを求めた。
それを受けて、ヴィシュヌ神はこう言った。「争いをやめ、互いに協力して大海をかき回すがよい。さすればアムリタが得られるであろう」
それを聞いた神々とアスラたちは、天空にそびえるマンダラ山を軸棒とし、亀の王クールマの背中で軸棒を支え、それに大蛇を巻きつけて撹拌のための綱とした。神々がその尻尾を、アスラたちがその頭をつかんで上下に揺さぶり大海を撹拌するというもの。
(3)ラーマクリシュナ(1836-1898)インドの宗教家。近代の代表的な聖人といわれている。ヴィヴェーカーナンダ(1863-1902)はその主要な弟子。
(4)ひかりの輪のホームページでは<オウムの教訓>として、この時期の神秘性への傾倒について検証され、問題点・反省点などが公開されている。

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