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084. 背後の狂気

事件後の私たちはまさに「流浪の民」だった。全国各地のオウム名義の賃貸物件からは追い出され、次の住まいを見つけて引っ越しても、素性がわかるとすぐさま「出ていけ」と言われた。たとえ大家が貸してくれたとしても、周囲の住民の猛烈な反対運動で結局は出て行かざるをえなくなった。

住居を貸してくれるのは、お金目当てのヤクザまがいか相当変わった人だけで、そんな人もオウムに物件を提供することがどんな厄介事を引き起こすかわかると、波が引くように早々に去っていった。
この状況のなかでも、世間知らずの出家修行者が教団の置かれている現実を理解するまでには長い年月が必要だった。

青山道場が閉鎖されると、私は高円寺にあった「識華(のりか)」と呼ばれる教団が所有していた四階建てのビルに移った。私と縁のあるサマナや住居を失ったサマナが集まって一つの部署になっていた。日払いのアルバイトで稼いだり、「サティアンショップ」というオウムグッズを販売する店で勧誘活動をするサマナたちがいて、一階は厨房とショップ、二階は道場、三階はサマナ部屋、四階は師部屋。私はこの部署のリーダーとして最上階にいた。

教祖と上層部を失って一年以上経つと、中堅成就者が部署のリーダーになり、私も識華という部署をまとめ、受難のときを堪え忍ぶようサマナを鼓舞し、あいまに教団施設を離れて暮らすようになったサマナや、縁がある信徒さんと会って励ましていた。

当時は、主な教団施設の入り口には二十四時間交代で警察官が立っていて、出入りするすべての人間をチェックしていた。警察に名乗るのが気分的に嫌な人たちとは、教団施設を避けてファミリーレストランで会っていた。
信徒さんと深夜のファミレスで話しているときだった。
壁際のテーブルに、一人でニヤニヤ笑いながら何かつぶやいている女性がいた。どう見ても、どこかが狂っている様子だった。

「深夜のファミレスには変な人がいるものだなあ…」と思った。

別の日の夜、いつものようにファミレスで人と会って話していると、向こう側のテーブルに、ぼさぼさの汚れた髪をした何日も風呂に入っていないと思われる女性が、ブツブツと独り言を言いながら食事をしていた。

「最近、世間にはおかしな人が増えたのだろうか…?」

私はちょっとびっくりした。
そしてまた別の夜、私はDというホーリーネームのサマナとファミレスで話していた。ワンルームを借りて暮らしている彼女の近況を聞いて、「サマナの一人暮らしは問題があるから、私が担当している識華にきた方がいい」と勧めた。彼女は成就者の言葉に素直にしたがうタイプではなかった。Dからはこんな答えが返ってきた。

「前に支部道場であなたの説法を聞いたけど、聞くに耐えなかったから途中で退席したわ。あなたにはひとかけらの愛もないし、真理もわかってない」

それを聞いているとき、Dの後ろの席に一人の中年の女性がやってきて座った。私の席からはその様子がよく見えた。Dが「あなたには愛もないし、真理もわかっていない」と断言したとき、その女性はあらわれた。彼女はほかにだれもいないテーブルで空中を見ながらニヤニヤ笑っていた。明らかに普通ではない様子だった。

法則を説くことを得意にしていた私は、自分よりステージの下のDから完全にそれを否定された。それどころか軽蔑されていた。私は、表面では平静を装いながら、内心では「なんとしてでも、この反抗的なサマナを教団施設に戻さなければ」と考えていた。つまり私はかなりムカついていて、もしかすると同時にひどく動揺していたのかもしれない。

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