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081. 後継者はサマナ

全国一斉強制捜査以来、マスコミ対応を通じて最前線で教団を防衛してきたマイトレーヤ正大師にも、司法の手がすぐそこまで伸びているようだった。「上祐逮捕」の噂は何度か流れていたので、正大師自身も広報部のメンバーも近いうちにその日が来ることを覚悟していた。残された大きな問題は、マイトレーヤ正大師が逮捕された後、いったいだれがオウム真理教広報部の責任者になるかということだった。

マイトレーヤ正大師は、自分の代わりをだれにするか検討に検討を重ねている様子だった。当時、広報部の責任者にかかるストレスは相当なものだったろう。ステージの高い正大師だから責務を放り出すこともつぶれることもなかったが、ほかのだれかが簡単に交代できるワークではなかった。オウムでは霊的ステージが絶対だったから、正大師のあとを任されるのは当然正悟師か師のはずだが、広報部に正悟師はいなかった。

そばで見ている感じでは、マイトレーヤ正大師の胸中にはナンディヤ師やラーマネーヤッカ師などが候補にあったと思う。彼らは教団のなかでは優秀な成就者だったが、日本中を敵に回した状況での対応となると、正大師もなかなか決断がつかない様子だった。

そして、最終的に正大師が選んだのは、成就者ではなくホーリーネーム(宗教名)さえない、ただのサマナの「荒木君」(荒木浩)だった。

逮捕前日の深夜、青山道場の三階の一室でマイトレーヤ正大師が荒木君に言った。

「荒木君、あとのことは君に頼んだよ」

責任者選びの最中にあった迷いはなく、すっきりとした表情だった。
座法を組んですわって正大師を見上げながら、荒木君は言った。

「私にできるかどうかはわかりませんが…」

そう言ったあと荒木君は少し目をぱちくりした。
京都大学出身のどこかおっとりとした荒木君からは、この重責に対するとまどいや恐れは感じられなかった。大変な仕事を任される自分のことより、明日逮捕される正大師をただ気遣う荒木君の心情が私にも伝わってきた。
部屋には三人しかいなかった。マイトレーヤ正大師と荒木君の間には、深い静けさとおごそかな空気が流れていた。

「広報部の引き継ぎなのに、なんだかとても宗教的な雰囲気だなあ…」

見ていた私はそう思った。
広報部で一緒に仕事をしていた荒木君は、どんなときでも育ちの良さがにじみ出てしまう「徳」のようなものがあった。よく言えば鷹揚、悪く言えばぼんやりしている感じで、だれも彼に悪意をもつことなどできそうになかった。そして、荒木君は見かけによらず芯の強いとびきりの頑固者だった。(これは私もあとで知ったことだが…。)

こうして荒木君は、全国民から嫌悪される教団の広報の顔となって矢面に立った。九六年から九九年まで、まるで針のむしろにすわるような役目によく耐えたと思う。どんな極厳修行よりも長くて厳しい修行だっただろう。
二〇〇〇年、刑期を終えて教団に帰ってきたマイトレーヤ正大師にとって、荒木君は側近中の側近になった。しかし、その七年後、荒木君は反上祐派の先頭に立ってマイトレーヤ正大師を教団から追い出すことになるのだから、運命というのは本当にわからないものだ。


*荒木君にはやはり徳があったようで、森達也監督のドキュメンタリー映画『A』の主役は荒木君だった。2021年公開のさかはらあつし監督作品『AGANAI』にも出演している。


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