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009. 大師

成就者とは、一つのヨーガによって解脱を体験した人のことだ。
シャンティー大師は、弟子で三番目にクンダリニー・ヨーガを成就した人物で、兄はしきりに「シャンティー大師の神通はすごいんだよ」と話していた。

神通とは、クンダリニーが覚醒してチャクラと呼ばれる七つの霊的なセンターが活性化すると身につく、いわゆる超能力・霊能力のことらしい。当時まだ、クンダリニー・ヨーガを成就した大師は少なく、信徒から見れば大師は半ば神のような存在だった。もちろん、弟子を解脱に導いた麻原教祖を別にすればだが。

クンダリニー・ヨーガの成就とは、ひとことでいえば「内的な光」に没入する経験をしたということだ。その体験を経た弟子は、以後現世の名前、つまり本名で呼ばれることはない。達成したヨーガをあらわす色――「クンダリニー・ヨーガ」ならばオレンジ(のちに白)、「マハームドラー」ならばピンク、「大乗のヨーガ」ならば緑――の簡素なクルタと呼ばれるインド風の宗教服をまとい、その修行者の特徴にふさわしい、ヨーガ系統(たとえばシャンティー)か、仏教系統(たとえばアーナンダ)か、あるいはチベット密教系統(たとえばミラレパ)などのホーリーネームが麻原教祖から与えられた。これらはすべて成就者が完全に生まれ変わった印だった。

目の前に腰掛けたシャンティー大師は、すぐに私の性格を言い当てた。

「妹さんは、理想を追い求めるタイプですね」

こんなふうに「なにか見抜かれているのかな?」と思わせる的中は、その後も何度かあった。でも、私はそれを成就者ならではの特別な能力とまでは思わなかった。その程度人を見抜くことは、街頭の占い師や水商売のホステスだってしているだろうし、彼女はエステティシャンという経歴の持ち主なのだから、客の状態を見極めてその人に合わせた対応をするのはお手のものに違いない。

後の話になるが、疑い深い私が一度だけ「普通の客商売人には絶対にできないな」と思ったこともあった。

シャンティー大師と別の二人の大師三人で、「法輪の祝福」という簡単な儀式を行ったときのことだ。オウムに入ってまだ間もない私のまわりを三人の成就者が囲み、頭頂のチャクラのマントラ(宗教的呪文)を唱えはじめた。すると中央で座法を組んですわっている私の頭頂が、河童の頭の皿のように円形に盛り上がってくる感覚がした。頭頂がやわらかな粘土でできているようにもりもりと動くようだった。
私のその話しを聞いた兄は、「頭頂まで気が上がると、ブッダの頭みたいにてっぺんが盛り上がるんだよ」と本当か嘘かわからないようなことを言って興奮していた。

これを超能力と呼ぶかどうかはともかく、成就者とのかかわりで体験した非日常的な出来事だった。

シャンティー大師は、夢とも現実ともつかない私の不思議な体験を聞くと言った。

「クンダリニーが覚醒しつつありますね。できるだけ早くイニシエーションを受けて、修行をはじめてください」

体験についての詳しい説明はなく、修行の意義やイニシエーションの重要性、クンダリニーという霊的なエネルギーと解脱の関係を解説してくれた。

私が育った昭和三十年代は、日本が急激に変わっていく時代だった。科学を信じ、科学の発展によって明るい豊かな未来が約束されているとだれもが疑わなかった。はじめて出会ったオウムという宗教世界で、霊のたたりや先祖供養、過去世の因縁を祓うなどという非科学的な話を聞かされたら、兄の紹介といえども私はオウムに足を踏み入れなかったと思う。

だが、オウムにはそのような曖昧さ、暗さ、混沌はなかった。説明を聞く限り、オウムの教義はヨーガや仏教を踏襲しているようだったし、人が解脱していくプロセスを「こういうステップで進んでいく」とはっきりと示しただけでなく、それを実際に体験させようとしていた。

インドの伝統的な精神世界を求めていた兄にとって、そこがオウムの魅力だったのだろう。教義と修行法が明解だったから、兄は「インドへ行かなくてもいいんだ」と言い、すぐさまオウムの本を百万円分買って友人に送ったのだろう。こういう法(ダルマ)の布施は「杖のイニシエーション」といわれた。

シャンティー大師の修行者らしい飾らない様子と、初めて経験した不思議なヴィジョンに後押しされて、私はオウムの道場で入会金三万円を払い、信仰はないが、とりあえず修行ということをはじめることになった。

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