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079. 青山緊急対策本部

地下鉄サリン事件の二日後、オウム真理教に対する全国一斉強制捜査は二五か所におよんだ(公証人役場事務長逮捕監禁致死事件容疑)。警視庁は自衛隊の協力も要請し、警察官と機動隊合わせて一六六〇人体勢で臨んだという。私が強制捜査当日「軍隊がやってきた」と感じたのも的外れではなかったようだ。

第六サティアンの強制捜査が終わると、私はすぐに青山道場に戻った。
交差点に面した五階建ての青山道場ビルは、機動隊が二十四時間監視・警護にあたり、包囲線の外側は報道陣のカメラで何重にも取り囲まれていた。
青山では通常の道場活動をすることができなくなり、ロシア支部から急遽帰国したマイトレーヤ正大師(上祐史浩)をトップとする緊急対策本部が置かれマスコミ対応の場となった。私は緊急対策本部のワークをすることになり青山道場に残った。

それから、多くの法友が次々と逮捕・勾留・起訴されるという異常な日常がはじまった。

私のまわりでは東信徒庁大臣のサクラー正悟師が最初だった。
仮谷さんの妹さんを担当していたサクラー正悟師は、仮谷さん拉致事件の容疑で逮捕されることを覚悟して身辺整理をしていた。

「これは大切なものだから、あなたに保管をお願いするわ。それ以外の物は処分してかまわないから」

そう言って、教祖から贈られた座具(瞑想するときの敷物)と、タンカ(チベット密教の宗教画)と、修行用の竹刀、そしておびただしい数の教祖の説法テープを詰めた段ボール箱を私に託した。

サマナも師も、正悟師も、正大師ですら逮捕されていった。ほとんどの信徒とサマナにとって、あらゆることが青天の霹靂のような事態だった。解脱と救済のために修行をしていたはずなのに多くの修行者が逮捕されていった。なにが起こっているかまだよくわかっていなかった私は、連行される仲間の姿を極厳修行に入る修行者を見るような気持ちで見送った。取り調べに対して黙秘することは「沈黙の行」という修行、取調官の厳しい尋問は「カルマ落とし」で、それに耐えることが逮捕された修行者の課題だと思っていた。

ほどなくして、治療省大臣だったクリシュナナンダ師(林郁夫受刑囚)が「地下鉄にサリンをまきました」と自白したと報道された。
このときもし、修行仲間が無差別殺人を犯したことと、自白したことのどちらがショックだったかと問われたら、私は「自白」と答えたかもしれない。教団がテロを実行したことはそれくらい現実味がなかった。それに対して、逮捕された修行者が自白することは明らかに修行の断念であり信仰を捨てることだ。

クリシュナナンダ師ほどの修行者が、逮捕から日もたたないうちに自白することがあるだろうか? 有能な心臓外科医の地位と名誉を捨てて、すべての財産を布施して出家した彼ほどの修行者が簡単に修行を放棄するなんて、報道はなにかの間違いか他の容疑者を動揺させるためのデマではないかと疑った。

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