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『ジョージ・オーウェル ~沈黙の声~』上演台本 第1場

『ジョージ・オーウェル ~沈黙の声~』

日時:2022年6月8日(水)~12日(日) 会場:駅前劇場
https://g-inzou.wixsite.com/orwell

作:鈴木アツト

2022年5月24日版 上演台本
※戯曲の内容は、公演時には変わる可能性があります。

登場人物
〇エリック・アーサー・ブレア(1903年生・男)
 筆名ジョージ・オーウェル。小説家。
〇アイリーン・ブレア(1905年生・女)エリックの妻。
〇フレドリック・ウォーバーグ(1898年生・男)小さな出版社の社長。
〇ジョナサン・F・イースト(1895年生・男)BBCのプロデューサー。
〇ヴェニュ・チタレー(1912年生・女)BBCのアシスタント。
〇ブーペン・C・タバッスン(1915年生・男)BBCのアシスタント。
〇キャサリン・コンスタンティン(1896年生・女)ある小説家の妻。
 
第1場 1940年5月20日
   
   ロンドンのとあるフラットのリビングルーム。下手には玄関に通じる
   扉、上手には台所と書斎に通じる扉がある。床には絨毯が敷いてあ
   る。十九時頃、日没前。扉が開いて、アイリーン・ブレア(35歳)
   が、やや息を切らして、入って来る。アイリーンが息を整えている       
   と、鈍いノックの音(手にアイスクリームを握っているので、叩く力    
   が弱い。)がする。アイリーン、玄関のほうを見る。
 
エリックの声 アイリーン。
アイリーン 、、、
エリックの声 開けてよ。
アイリーン 、、、
エリックの声 両手がアイスクリームでふさがってるんだ。
 
   アイリーン、一瞬、躊躇するが、玄関のほうへ。すぐに戻ってくる。
   続いて、エリック・アーサー・ブレア(37歳)が、彼女を追いかけ
   るように入って来る。エリックは、両手に一個ずつ、丸型アイスク
   リームの容器を握っている。
 
エリック これ、君の(アイスクリームをテーブルに置く)。
アイリーン (テーブルのほうに目をやって)置いといてそこに。
エリック いや、溶けちゃうって。
 
   アイリーン、台所へ行こうとする。
 
エリック 散歩に誘ったのは君だろ? 夏の始まりの夕暮れを、ゆっくり二人で味わおうって。
アイリーン (振り返って、エリックを見て)そ、あなたの息抜きになれ  ばって思っただけ。タイプライターの前で頭抱えてたから。
エリック 息抜きになったよ。干し草の匂い、薔薇の香り、そして、アイス クリーム屋の手押し車。
 
   エリック、一緒に食べようと、アイスクリームを示しながら、
 
エリック 久し振りに心が落ち着いた。それで、、、
アイリーン (遮って)じゃ、変なこと言い出さないで。
エリック 変?
アイリーン 変。
エリック 素晴らしいアイディアだって思わないの?
アイリーン 不意打ちすぎる。
エリック ずっと頭の中にあったことなんだ。
アイリーン なら、そのまま鍵をかけてしまっておいて。
エリック 俺たちは結婚して五年目だよ。子どもが欲しいってのは自然な感 情だよ。
アイリーン ねえ、子どもを育てるっていうのは、アイスクリームを買って 食べる、みたいなお気楽なことじゃないよ。今、ドイツ軍がどこにいるか わかってるでしょ? こんな時に子どもをって、、、
エリック いつからイギリス人は、子どもを持つべきかどうかを、ヒトラー に相談するようになったんだ?
アイリーン 明日にも空襲があるかもって言ってたのは、あなたでしょ?
エリック 、、、やっと経済的な不安が解消されたんだ。
アイリーン 週刊誌の仕事が決まって嬉しいのはわかるけど、今はその時  じゃない。
エリック 今を逃したら、俺たち子どもを持てないよ。
アイリーン 、、、
エリック 、、、
アイリーン そうね、私たちは「もう」子どもを産むには歳を取り過ぎ。
エリック まだ間に合うよ、今すぐ作、、、
アイリーン (諭すように)お互い身体だって弱い。自分がなんで軍から入 隊を断られたか忘れた?
エリック 検査した奴がぼんくらだったんだ。
アイリーン ねえ、エリック、劇評も映画評もあなたの本当の仕事じゃな  い。小説家ジョージ・オーウェルをやめちゃったの?
エリック 別にやめたわけじゃないさ。
アイリーン でも目の前の仕事に飛びつくのに必死で、自分がやるべき本当 の仕事を忘れてる。それって子どもを持ちたいから?
エリック 、、、そうだよ。
アイリーン だったら私は子どもはいらない。
エリック はい?
アイリーン 子どもを育てるより、あなたがまた小説を書き始めるのを見た い。あなたが小説を生み出すのを、見たい。
エリック 大して売れない小説家だ。
アイリーン そう! 全然、全く、売れない小説家だったとしても。
エリック 、、、
 
   エリック、急に肺が苦しくなったような気がして、咳払いをする。
 
アイリーン ほらっ。今、子ども作ったって、私がシングルマザーになるだ けじゃない。
エリック これは違う。
アイリーン いやいやいや。
エリック ちょっとむせただけだ。
 
   ドアベルが鳴る。
 
アイリーン 誰だろう? こんな時間に。
エリック 、、、
アイリーン 私出るわね。
 
   アイリーンは、玄関へ。
 
フレドリックの声 よお、アイリーン。
アイリーンの声 ウォーバーグさん。
フレドリックの声 奴はいる?
アイリーンの声 はい。どうぞ。
 
   フレドリック・ウォーバーグ(42歳)が、続いて、アイリーンが
   入って来る。
 
フレドリック よお、売れない小説家、元気か?
エリック いきなり来て随分な挨拶だな。
フレドリック こちらも売れない出版屋だ。豚が豚に豚野郎って言うのは許 されるだろ?
 
   フレッドリック、ブレア家の家具のどこかにラジオが無いか、探すが
   見つからず、
 
フレドリック なんだ、まだラジオも無いのか。
エリック お宅との契約料が安くてね、買えないんだ。
フレドリック よし、次の契約の時には値上げしよう。その代わり、さっさ と売れる本を書いてくれ。
エリック それは印税を遅れずに払えるようになってから言ってくれ。
アイリーン ねえ、ラジオを聞きたいなら、角のパブで聞けるわ。私たち、 いつもそこで聞いてるから。
フレドリック ありがとう、アイリーン。ニュースの時間になったら行って みるよ。ダンケルクの戦況が知りたくてね。実際、何が起こっているのか 何もわからないじゃないか。
エリック ラジオを聞いたからってわかるのか? あの挙国一致政府とやらは 都合が悪い情報を国民には報せてくれない。
フレドリック 編集者はね、情報の断片をかき集めて、真実を見つけ出すの が仕事だ。流れて来るニュースから、まあなんとか想像するさ。
エリック それで晩飯時にうちに来た用は? 貧乏人にディナーをたかろうっ てわけじゃないんだろ?
フレドリック ヘヘヘン。
エリック 何だよ?
フレドリック 君を刺激したくて一目散に来たんだ。
エリック 悪いけど、俺もアイリーンも夫婦の寝室には君を呼んでない。間 に合ってるよ。
フレドリック もし仮に、ナチスドイツがこのままイギリスに攻め込んだら どうなる?
エリック そりゃ激しい戦闘になるさ。
フレドリック その激しい戦闘にイギリスが負けたら?
エリック おい、やめてくれ。今この状況で縁起でもない。
フレドリック 大英帝国がドイツ第三帝国の植民地になり、イギリス人は二 級市民に成り果てる。
エリック 誰がそんなこと言い出した?
 
   フレドリック、鞄から『鉤十字の夜』を取り出す。
 
フレドリック この本に書いてある。
エリック 、、、これは?
フレドリック 『鉤十字の夜』。ゴランツ社が今年出した小説なんだけど  ね、中々ぶっ飛んでるよ。
 
   エリック、『鉤十字の夜』を受け取り、表紙を眺める。
 
フレドリック ヒトラー暦七百二十年が舞台だ。つまり、ドイツがイギリス を占領してから七百年後の未来を描いた小説なんだ。作者は、マーレー・ コンスタンティン。
エリック マーレー・コンスタンティン?
フレドリック 君と一緒で無名の小説家だ。でもこれは掘り出し物かもしれ ないね。独創性が群を抜いてる。だってこの本が描く世界ではね、女性は 子どもを産むための奴隷に過ぎないんだ。
アイリーン それは今も変わらないかも。
フレドリック え?
アイリーン 冗談よ。ね、エリック。
エリック 、、、
フレドリック 奴隷ってだけじゃないんだよ。無個性の服を着せられ、頭は 丸刈り。
アイリーン 丸刈り?
フレドリック つまり髪と共に全ての自由を奪われてるんだ。狭い一画に収 容され、お化粧も着飾ることも許されてない。
エリック なぜこれを俺に?
フレドリック 君を刺激しに来たってさっき言っただろ?
エリック 、、、
フレドリック ウエストエンドのお高くとまった評論家席で、ふんぞり返っ て芝居を見る仕事についたんだって?
エリック 評論は社会にとって大事な仕事だ。大衆が見過ごしている言語化 しにくい価値を拾い上げ、紹介するっていう、、、
フレドリック 小説家としての君が錆びついてしまうのが惜しい。
エリック 俺は錆びついてなんかないよ。
フレドリック 偶になら劇評や映画評を書くのもいい。でも君は自分の言葉 を持っている人だ。誰かが書いた言葉を評論するんじゃなくて、自分の言 葉を生み出すのに時間を使ってほしい。
アイリーン 私も同意見。
エリック 君たちは、文章を書く仕事にも階級を作るのか? 上と下を。
フレドリック 俺は、君の売れなかった『ビルマの日々』のファンってだけ さ。まあ、読んでみてなんかの参考にしてくれ。いらないと思ったら、僕 らの友情と一緒に、暖炉に投げ捨ててくれて構わない。じゃ、ニュースの 時間までパブで一杯やってくるよ。
 
   フレドリック、玄関の方へ退場。
 
アイリーン 口が悪い人、あなたと同じで。
エリック 、、、
アイリーン さ、ご飯作るね。
エリック 今日は俺が作るよ。
アイリーン 今日も私が作る。
エリック 、、、
アイリーン 今すぐにでも読みたいんでしょ?
エリック 、、、顔に書いてある?
アイリーン はい、はっきりと。
エリック 、、、わかった、お願いするよ。ありがとう。
 
   アイリーンは、台所へ。エリック、『鉤十字の夜』の表紙をもう一度
   眺め、ゆっくりとページをめくる。照明はエリックだけを照らす。ド   
   アベルが鳴る。照明は元に戻り、アイリーンが入って来る。
 
アイリーン 今日は来客が多いわね。
 
   アイリーン、玄関へ応対しに行く。
 
ジョナサンの声 こんばんは。ジョージ・オーウェルさんのお宅ですか?
アイリーンの声 はい、そうですが、どちら様ですか?
ジョナサンの声 BBCのジョナサン・フランシス・イーストです。
アイリーンの声 BBC?
ジョナサンの声 はい。
アイリーンの声 どうぞ。
 
   アイリーン、戻って来る。続いて、ジョナサン・F・イースト(45
   歳)、ヴェニュ・チタレー(28歳)、ブーペン・C・タバッスン(25
   歳)が部屋の中に入ってくる。ジョナサンは品のいいスーツを着こな
   し、態度には出ていないが、服装から明らかに、後の二人の上司だと
   感じさせる。チタレーは、サリーを着ている。スーツ姿のタバッスン
   は、小柄だが瞳に鋭さを秘めている。
 
アイリーン エリック、BBCの方が。
エリック BBC?
ジョナサン はじめまして。BBCのジョナサン・フランシス・イーストで す。(右手を差し出して)
エリック (右手を差し出して、握手しながら)はじめまして。エリック・ アーサー・ブレアです。
チタレー (やや嬉しそうに)ペンネームはジョージ・オーウェルさん?
エリック (少し戸惑って)、、、はい。
ジョナサン 彼女は、アシスタントのヴェニュ・チタレー。
チタレー お会いできて嬉しいです。(親しみを込めて)ジョージ。
 
   チタレー、両手を合わせて、インド人らしく、お辞儀する。
 
ジョナサン 彼は、アシスタントのブーペン・チャンドラ・タバッスン。
タバッスン よろしく。(右手を差し出して)
エリック よろしく。
 
   エリックとタバッスン、握手をする。
 
アイリーン 皆さん、どうぞお座りください。私、お茶淹れますね。
タバッスン もしあれば、、、(皮肉ぽく)紅茶はアッサム産でお願いしま す。僕はアッサム出身なので。
アイリーン (戸惑いながらも)、、、はい。
 
   アイリーン、台所へ。タバッスンが席につく。
 
ジョナサン (エリックに)タバッスンは詩人なんです。まだ若いのに、ロ ンドンで出版社を立ち上げ、詩の雑誌を発行している。チタレーは、シェ イクスピアの研究者なんですが、優秀だって噂を聞いて、私がスカウトし ました。
エリック それでBBCが私に何の御用ですか?
ジョナサン オーウェルさんは、インド生まれでらっしゃるとか?
エリック はい。
ジョナサン お父様の仕事の関係で?
エリック そうです。一歳の時にはイギリスに戻ってきました。それが何  か?
ジョナサン 著作をいくつか読ませていただきました。『ビルマの日々』、 『象を撃つ』。あのイートンを卒業後に、インド領ビルマで警察官をされ てらっしゃったんですね?
エリック それももう十年以上前です。
ジョナサン その経験を基に小説を書かれている。
エリック まあ、そうです。最近は、評論やルポ、エッセイも書きますが。
ジョナサン 単刀直入に言いますと、我々とラジオ番組を一緒に作ってもら えませんか?
エリック (驚いて)ラジオ?


続きは劇場で。

『ジョージ・オーウェル ~沈黙の声~』
日時:2022年6月8日(水)~12日(日) 会場:駅前劇場
https://g-inzou.wixsite.com/orwell

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