Rapha Prestige Onomichi #6

ほどなくして5人のチャットルームが立ち上がった。しかし本番はまだ先ということで話の腰は入らず、しばらくは何も起きなかった。暑すぎた夏とその余韻は僕を自転車から遠ざけ休日はもっぱら旅行や音楽のライブを楽しんだ。森本は毎週のようにマウンテンバイクライドに山へ出かけ、それは北摂や北米だったが森本にとってはどちらも同じようなものだったし、ライド映像はYoutubeの再生回数を順調に稼いでいた。栗林はソケイヘルニアも落ち着いて、ロードレース世界選手権の観戦にインスブルックに飛んだ。驚くことに自転車を持っていき、仕事で現地に居た辻とレースコースの一部でライドをしていたようだ。立ち飲み屋でゴシップばかり話す栗林からは想像もできない行動だが、それもあってか辻は参加を快諾し正式に5人のメンバーが揃ったのだった。帰国した辻にその時の話を聞くと、サイクリストフレンドリーな欧州では車が自転車を抜く時に十分に車間を取ってくれることが多いそうだが、道幅の狭い峠道で下りが遅すぎる栗林を先頭に車の大渋滞が発生していたそうだ。そうして各々の日常は穏やかに進み、Rapha Prestigeに関しては何も話さずに去年より長い夏が終わった。秋の空を見上げ自転車に乗り出そうとしたとき、不意にスマートフォンが栗林からのメッセージを知らせた。画面を見てすぐに違和感があった。普段の雑談は数人のグループに送ってくることが多いし、Rapha Prestigeの件は5人でのチャットルームに送ってくる。彼が僕に直接メッセージを送ってくることなんて今まで無かったのだ。嫌な予感がした。
「相談があります」
「ちょっとまだ確定じゃないんですけど、尾道当日、思いっきり仕事丸かぶりで」
「クライアントから指名されてて逃げてるんですけど、どうしようかなって感じなんです」
まず僕だけに連絡してきているということだが、それは僕の出方によって振る舞いを考えようというところだろう。面白いメンバーが集まったと思った。しかし僕は栗林をPrestigeに出すために動いていたような気がする。Rapha Prestigeは4人または5人のチームで出場するルールになっている。栗林を抜いた4人でも走ることはできるのだが、僕はそれに意味を見出せないと彼に伝えた。すると栗林は僕に共有する意味のない仕事の近況をメッセージで送ってきた。それは饒舌だったし安堵したんだと思った。残念だが自然な決断だった。また翌年もRapha Prestigeは開催されるだろう。その時にまたこの5人で走ればいいだけのことだ。森本と辻に連絡した。もうすぐシクロクロスが始まる。真夏の夜の夢は真冬の朝に覚めるだろう。僕は夏にサボったツケを取り戻すべくトレーニングを重ねていくうちにシクロクロスのことばかり考え、出場しないことになったRapha Prestigeのことなど忘れていった。そして10月のよく晴れた日曜日、僕はシクロクロスのレース会場にいて、冴えないレースを終え苛立ちながら車に戻ると乱暴にヘルメットを脱ぎ捨てた。その勢いのままスマートフォンを手に取ると栗林からメッセージがあった。それはRapha Prestigeのチャットルームに宛られていた。レース会場は季節外れの暑さで、まるであの夏の夜に時計の針が戻ったようだった。

>> Rapha Prestige Onomichi #7

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