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ホセという男

家族とは、なんだろう。

広辞苑には、”家族(family)とは夫婦の配偶関係や親子・兄弟などの血縁関係によって結ばれた親族関係を基礎にして成立する小集団”

日本という小さな国の辞書にはそう記載されているが、広い世界ではどんなだろう。

ある経験を通じ、1つの家族に出会った。

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チリ・プエルトモントは、第10州となるロス・ラゴス州の州都で、チリ南部では比較的大きな都市である。

プエルトモンとも呼び、人口は約18万人

市内から東に行くと、チャポ湖にいるマウリシオがいて、南に行けば、チロエ島・カストロに、セサーがいる。

プエルトモントからさらに南部へ1000㎞近く国土は続くのだけど、陸路はチロエ島で途絶えてしまう。
最南部へ向かうにはフェリーか飛行機でのみアクセスが可能で、そこには南アメリカ大陸最南端の都市・プンタアレナスがある。

プンタアレナスまで来ると、自然環境は大きく変化する。
一年中暴風が吹き荒れ、ひたすら寒い。
個人の経験上の話ではあるが、降雪・降雨が無い土地で吹き荒れる冷たく乾いた風は、体感的に最も寒く感じる。

目前には飢餓の港 (Port Starvation)、飢饉の港 (Famine Port)と喩えられた、マゼラン海峡や広大なパタゴニア、ほとんどの生物が住むことのできない南極大陸があって、いよいよ地球の果てまで来たという実感がわく。

チリという国は北部に広大な砂漠があって、東部には人を寄せ付けないアンデス山脈もあるのだけど、そんな自然の大きさを想うと同時に、お願いだからもっとお洒落な都市へ出張したいと素直に思う時がある。

大きく話が逸れたが、件のプエルトモントはそんな厳しいエリアよりはずっと穏やかで、豊かな都市だ。

プエルトモントに住むJose(ホセ)は、20代後半で背丈は低いがガッチリとしている、若きセールスの担当だ。

当時、ホセとは年齢が近かったこともあり、右も左もわかっていない頃から、彼は丁寧に仕事を教えてくれた。
髭モジャでふくれっ面、普段あまり話をしない物静かなホセは一見、話しかけづらい雰囲気なのだが、話せば優しい男で、たまに見せる子供みたいな笑顔が好きだった。

滞在中に彼の会社に立ち寄ると、あちこち連れ回され、色んな人を紹介してくれた。
工場内の食堂は、ワーカー達が食べるエリアと、ヘッドオフィスにいる連中が食べる場所にそれぞれ分かれていて、メニューもそれなりに違った。

前述の通り、チリの国土は美しく豊かな国だが、所得格差を表すジニ係数で見ると、経済協力開発機構(OCED)諸国の中では最も水準が高い。
言い換えると、貧富の差が激しい。

地位や所得によって様々なモノを区別されるケースを各所で目にするのだけど、彼はその世界に当てはめれば決して低い地位では無いにも関わらず、そのシステムをひどく嫌っていた。

地位の高さとは、別にいつもエラそうにしているという訳ではなく、代々受け継がれた由緒ある家系で産まれた1人として、幼少の頃から厳しい躾や環境下で育てられる。
幼い頃からマナーやルールを学び、食事の際に咳の一つでもすれば叱られ、学業に関しても厳しく育てられたそうだ。
そして社会人になったある時、彼はその全てを放棄した。

ホセは工場でランチを食べる時、毎日ワーカー達のいる飯場で共に食べ、現場から様々な話を吸い上げては、労働環境を少しずつ良くしていった。
僕も一緒に毎日通うようになると、いつしかワーカー達と仲良くなった。

日本に住んでいてこのシステムを経験することはなかったし、当初はその光景に驚いたが、どんな階級だろうが会って話せば皆、いい奴が多かった。
イメージだけだともっと露骨なモノに感じるが、歴史的に古くから存在していると、誰もがそこにある区別を当たり前のものとし、普通に生活しているように見えた。

ある日。
仕事が終わると、ホセは自宅での夕飯に招待をしてくれた。
プエルトモント郊外にある家は、ターコイズ色の壁をした、暖かそうな家だった。

写真はイメージ。家の色はブラウンとターコイズが人気。

家の中に入ると、テレビの前の大きなソファーには、10代にも満たないであろう小さな男の子が、ゲームをしていた。
ホセは独身のはずなので、親戚の子かと尋ねると、彼は自分の子供だと言い、紹介してくれた。

男の子はゲームに夢中だったが一旦手を止め、照れくさそうに笑顔で挨拶をしてくれた。
暫くの間色んなことを考え、黙っていたが、どうにもモヤモヤしていたので彼にこっそり尋ねると、ホセは笑いながら答えた。

「彼は元々施設にいたのだけど、僕と家族になったんだ。彼には、両親がいない」
とだけ答えた。

早速僕は彼と一緒にゲームで遊び、ゲームを通じて仲良くなった。
日没になり、ディナーの時間になると、ホセの彼女が家に訪ねてきた。
彼女は彼と同じ工場で働く、ウェブデザイナーだった。

彼ら2人は英語を話せるが、男の子はスペイン語だけなので、食事の時間はゆっくり、少しずつ話をした。

日本に行ったことは無いが、日本のマンガはたくさん知っていること。
有名なゲームのほとんどは、日本で作られていることを説明してくれた。
ニンジャは今でも本当にいるのかと訊かれたので、僕は真剣な顔をして頷くと、ウソをついている気がすると言い、皆で大笑いした。

ゆっくりとした食事が終わり、食後にコーヒーと彼女が持参した特製ジェラートを食べていると、ホセと僕はタバコを吸う為、家の庭に出た。

ご飯が美味しかったお礼を言い、家族になった男の子とは、どんな経緯で家族になったのかと尋ねると、少し考えて言った。

「相性さ。上手く説明できないけど、彼とは少し話しただけで、お互いずっと一緒にいられる気がしたんだ」

嬉しそうに説明するホセは、子供の様な笑顔だった。
暫くして家の中へ戻ると、男の子は彼女の膝の上で、気持ちよさそうに眠っていた。

数年後、ホセはもう一人、新しい家族を迎えた。
彼の家を訪ねる度、ひとつ屋根の下の家族は、次第に賑やかになっていった。

彼が30歳を少し過ぎた頃、長く付き合っていた彼女と結婚をした。
3人の娘に恵まれ、ターコイズの家から、もう少し大きな家へと引っ越した。
結婚後はどちらの両親も同居し、ホセの家はいよいよ大家族となった。

たまに流れて来るFacebookの写真からは、成長してく男の子と、相変わらず嬉しそうに笑うホセと、幸せな家族があった。
毎年のハロウィンに、おそらくホセが作ったのであろう謎のロボットがいつも不細工だったが、楽しそうに寄り添う家族の写真が好きだった。

僕には難しいことはわからないが、血の繋がりなんて、そこにあっても無くても、どちらも大したことではないと思えた。

小さかった男の子は大学を卒業し成人すると、首都・サンチアゴに就職する事が決まったという。

僕は滞在時、たまたま彼が旅立つその日に一緒にいることが出来たのだけど、ホセと、彼の奥さんの淋しそうな顔を、僕は1秒も見ることができなかった。

この日、彼も育ててくれた父親と同じように優しく大きな家族を作る為、暖かかったホセの家を旅立った。



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