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タイマグラの月

例え何百キロ離れていても、会いたい人がいる。

その為なら何時間費やしても疲れないし、何度でも会いに行く。

その原動力はきっと、それがいつまでも続かない事を古来から連綿と受け継がれた遺伝子がそれを知っているからではないだろうか。

きっと人は死ぬまで、人と会い続ける。

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岩手県宮古市江繋(えつなぎ)にある、早池峰連山の南麓に『タイマグラ』という、少し変わった地名がある。
(当時は合併前だったので、岩手県下閉伊郡川井村
タイマグラは北上山地・最高峰の早池峰山(標高1917m)の麓に位置し、戦後に開拓された小さな集落である。

川井村までは首都圏から気合を入れて運転しても、片道8時間。

15年前はハイシーズンともなると毎月の様に通っていたのだから、釣り人とは他人が聞いたら呆れるほどの労力を、魚の為に惜しげもなく使う生き物である。

帰ってくる時は懐かしがるくせに、出発の時はいつも早くここを出たいなどと思っている首都圏から外環道を経て、東北道を一路北上する。

道中は、いつも目印にしている山や川を確認しながら、数時間後にようやく”仙台宮城IC”の案内が見え始める頃、安堵しかけた運転手をあざ笑うかのように「青森まで370km」という標識が出てくる。
幾度訪れても陸奥国の広さと大きさを、僕は肌とガソリンの残量で感じた。

北上するにつれ変わっていくのは気温だけでは無く、川も同じ様に変化していく。
栃木を抜ける辺りまでの河川は概ね奔流である事が多く、鬼怒川に代表される様に急流且つ段々としているイメージだが、白河を過ぎる頃から、川も道もゆっくりと平坦で穏やかな里川へと移り変わっていく。

お盆前の8月というと都心では真夏のイメージだが、東北では秋の準備がとっくに始まっている。

出発前に車に持ち込んだアイスコーヒーがいつしか氷だけになり、最後は少しぬるい水に変わる頃、岩手県の水沢インターチェンジが見えてくる。

花巻まで北上して向かう方が少しだけ近いのだけど、当時は水沢を降りて遠野市を通過する旅程が好きだった。

当時読んでいた柳田國男の遠野物語に描かれる世界が好きだった事もあり、出てくる地名や地域が目の前で1つ1つ映像化されていく楽しさがあった。

タイマグラという地名を知ったのも、その集落でイワナを釣る話が出てきたからで、どんな場所なのか行ってみたいと思ったのがきっかけだった。

連泊の準備として地元のスーパーで買い込みをし、釣り道具の確認をする。
その後は一気に車を走らせると、山深いエリアではあるが、のんびりとした里川の薬師川が見えてくる。

初めてここを訪れた時、タイマグラには綺麗に芝生が養生されたキャンプ場があったのだけど、有料だと思っていたので、僕は近場の邪魔にならない場所を選び、野営をしていた。

タイマグラキャンプ場(Google mapより)

日中はキャンプ場の管理人らしきオジさんに会うと挨拶はしていたのだけど、ある日の明け方、寝ている自車の窓をコンコンと叩く音で目が覚めた。

「こんなとこいっど、クマ出っぞ」

件のタイマグラキャンプ場の管理人である、ムカイダさんだ。

聞けば、まさに今停めているこの場所を、大きめのツキノワグマがつい先週川沿いに降りて行ったそうだ。

知らぬが仏とは、この事である。

かなりビビった僕は今夜からキャンプ場で世話になる旨を伝えると、顔は日焼けで黒く、白髪交じりでヒゲもじゃのムカイダさんは軽く頷いた。

日中は薬師川を拠点に釣行し、夕(ゆう)マヅメにキャンプ場へと向かう。

キャンプ場の入口にある立派な小屋の中にいるムカイダさんに会釈をすると、キャンプサイトに入れと指でジェスチャーをした。
広々としたキャンプ場に宿泊者の姿は見えなかったが、無意識に一番端を選び、1人用のテントを設営した。

「なんも、そんなスミっこにいがなくてもいいじゃねぇか!ガハハ!」

小屋の窓から顔を出し笑いながら話すムカイダさんは、最初に会った時の怖そうな出で立ちからは想像が出来ない程、優しいオジさんだった。

キャンプ場にはサイトの区画が無く、早速その事を訪ねると、

「区画もなんも、無料だもん。そんなのいらねぇべ」

そう答えた時、こんなに素敵な場所が何年ぶりに無料で運営されている事を知った。

「おめえ、ずいぶん前からちょくちょく薬師に来て釣ってるだろ。あのクルマをよく見かけてたからよ」

以前から見られていた事と、ケチってキャンプ場に泊まらなかった事を見透かされた様で少し恥ずかしい気持ちで頷くと、次からは危ねぇからここを使えと言ってくれた。

その晩はそのまま小屋に泊まるという事だったので、僕は思い切ってムカイダさんに酒でも飲みませんかと誘うと、嬉しそうに頷いてくれた。
日がすっかり落ちた頃、持ち込んだ酒とツマミを持参し、暖かい小屋で延々と釣りの話をした。

そして、このキャンプ場がこれだけ管理されていて無料というのは、居心地が良いような悪いような、変な気持ちがすると言った。
ダタほど怖いモノは無いと笑うと、ムカイダさんは地響きでも起きたかのような大笑いをしたあと、少し顔を曇らせて言った。

「最近、なんだか知らねぇが釣りの雑誌かなにかでこの辺が紹介されてよ。それからトーキョーのナンバーがちらほらやってきては、ここが無料だと知ると挨拶もせずに入ってきては、勝手に使って挨拶もせずに出ていくんだ。オレはああいうの、なんだかダメでなぁ」

そう話すと、お前は気に入ったから俺が死ぬまではここを好きなように使っていいと言われ、2人で大笑いした。

それからというもの、僕はタイマグラを訪れる度にそこに住むイワナの美しさと、ムカイダさんに会いに行くという2つの楽しみが増えた。

雨の増水で釣りにならない日には、ムカイダさんは僕を山に誘い、ギョウジャニンニクの採り方を教えてくれた。

「必ず片方の根を残しておけよ。そったらまた来年採れるからよ」

そう話してくれるムカイダさんの眼差しは、山と生きる者の強さと、優しさを感じた。

夜になると、今まで見たことも無いような星空と月灯りがキャンプ場を照らした。冗談半分でやったつもりだったが、本当に月明かりで本が読めた。
青白く光る月夜は、どこまでも黒く深い山奥を照らしている様に感じた。

ある年、クマが頻繁に麓まで降りてくるという時があった。
ムカイダさんが確認しているだけでも10頭近くいて、彼はクマがキャンプ場に入って来ることがない様、とても苦心していた。

キャンプ場の少し上流に、イワナの養殖場があった。
頭のいいクマも、そこに養殖場がある事を知っているので、周囲には頑丈な鉄柵を設け、彼らにイワナを食べられないようにしていたのだけど、知能の高いクマはなんとかそれを超えようとしたり、物置に行っていたずらを繰り返したりと、クマと人間のいたちごっこが続いていた。

そこで、ムカイダさんは考えた。

以前までは、どうしても一定の確率でへい死してしまうイワナの処理に困っていたのだが、養殖場の近くに簡単な餌場を設け、そこに死んでしまったイワナを放ってみたらどうだろうと発案したところ、クマは一定の時間になると、餌場だけに顔を出すようになった。

その時の様子を教えてくれたのだけど、クマはイワナを放られるまで、餌場で大人しく座っているというすごい光景だった。

それ以降、クマは麓まで降りてくる事も、いたずらをする事も無くなった。
彼らはほぼ毎日放られる数匹のイワナを食べ、山奥へ戻っていく。

そんな事もあり、新しい場所へ釣りに行く時には必ずムカイダさんに相談をした。
彼は的確にアドバイスをくれ、時期や状況に拠っては、止められる事もあった。

「お前にはまだわからなねぇだろうけど、クマと人間はお互いが交差するギリギリの境界があって、それ以上森の奥に人間が踏み込んではいけねぇんだ。いつかお前も、それが見えるようになるよ」

その言葉が今でも、脳裏に焼き付いている。


タイマグラとはアイヌ語で『森の奥へと続く道』を意味する。


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*注:2021年現在、キャンプ場のシステムは変わっています。

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