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鼻を骨折したらすごく得をした話

”体育会系”という言葉が、最近どうも悪い意味に使われる事が増えた気がする。
実際に学生の頃はおっかない先輩もいたし、上下関係や言葉遣いに厳しい先輩もいた。
それでもその世界から学んだ事も多くあって、例えば人との距離感もその1つだと思っている。

先輩に対してあまり馴れ馴れしいと怒られたけど、冗談を言い合える間や、話しかけるタイミングは大人になっても活きていると思うし、時に先輩が後輩を守ってくれた事もたくさんあった。

おっさんになると2年の差なんて全く関係なくなるけど、中1の頃に見た中3、高1の頃に見た高3てすごく大きな存在に感じたし、何よりとても大人びていた。

高1の頃、近所に住む高3の先輩がいた。
通う高校は別だったんだけど、最寄りのバス停から駅まで通学する時間帯が同じで、中学では顔見知り程度だったが、バス停で顔を合わせる内に仲良くなった。

彼女の名前は、香織サンと言った。
僕は野球部だったのでほぼ毎日朝練があり、部活の無い学生よりも早い時間に学校へ向かうんだけど、彼女もまた男子バスケットボールのマネージャーをしていた事もあり、同じ時間に通学していた。

バス停から駅までは、約15分。
その短い時間に色々な話をした。
ブレザーの制服にロングヘアをギュッと1本に結わえたポニーテールがトレードマークで、実際によく似合っていた。

彼女は最終学年だし、高校生活もいよいよ最後となる大きなバスケットボールの大会が近づいていた。
バスケットボール愛が強く、チームの事をいつもよく話してくれた。
僕は当時漫画くらいでしかバスケットを知らなかったが、話し好きの彼女が色々と話してくれるので、それを聞いているだけで愉しかった。

そして何より、傍目からみたらこれは如何にも仲の良いカップルの様に見られているのではないかという、しょーもなくも由緒正しき高1レベルの悦びがあった。

これはしゃーない。
高1男子だったらきっと共感してくれる。
そう信じてるよ僕は。

ある時、彼女がバスケットボールの大会日程の話をしていたら、野球部が休みとなる日程と重なった。
その日練習は休みだと告げると、彼女は嬉しそうに、出来れば最後の大会だから見に来て欲しいと言った。

僕は快諾し、大会の行われる場所や時間を訊いた。

大会当日。
場所は少し遠くの駅で、初めて降りる駅だった。
当時は便利なスマホなどは無く、未だポケベル世代だったので、会場に着くまでにかなり迷った記憶がある。

ようやく目的地へと着いた時、もう試合は始まっていた。
会場を見下ろすような形で、2階の席に座る。
そしてすぐに、場内にいる香織サンを探した。
試合は序盤から拮抗していて、どちらが勝ってもおかしくない接戦だった。

彼女は一生懸命声を出して応援していたし、大きな大会だけあって観客も大勢いて、試合中のコートは異様な熱を帯びていた。

暫くして喉の乾きを覚えた僕は、会場入口にある自動販売機へジュースを買いに行った。

そこで、ある事件が起きた。

会場の入口付近は多くのチームが次の試合に備え、所狭しとアップを始めていた。
選手達の緊張感も凄かったし、もうそこいるだけでピリピリした緊迫感があった。
僕はジュースを買い、暫くその様子を見ていた。

「危ない!!!!!」

という声が聞こえた時、もう倒れていた。
それがパス練習だったのか何なのかは定かでは無いけど、あのデカくて硬いバスケットボールが僕の顔面に直撃した。

僕は比較的すぐに立ち上がったが、そこそこの鼻血が出ていた。
キーンという耳鳴りもして、ぶっちゃけもの凄く痛い。
すぐにチームの引率の先生達が駆け寄り、大丈夫かと訊いてくれたが、そこはTHE 思春期。
ボールが顔に当たった間抜けさと、大勢の人に見られている恥ずかしさだけが先行し、僕はその場で大丈夫ですを連呼した。

すぐに氷を用意してくれ、会場にある医務室へ行くよう促されたが、
THE 思春期。
行くわけがない。

僕はその場でひたすら大丈夫ですを3000回くらいは言った気がするが、貰った氷と持参していたタオルで鼻を抑えたまま、席へ戻った。

正直、試合どころではない。

幸い、鼻は氷のおかげで麻痺し始めて痛みは消えてきたが、とにかく涙が止まらない。

実は高校2年でも硬式球がイレギュラーして鼻を折る事になるのだけど、その時もひたすら涙が止まらなかった。

試合は白熱していた。

あんま見てなかったけど。

そして試合終了のブザーが鳴った時、彼女のチームは惜敗した。

暫くの間、選手達がコートに立ち尽くす。

すると、もう次の試合のスケジュールが詰まっているのか、野球よりずっと早いタイミングで(そう感じた)ベンチを開け、彼らはゆっくりロッカールームへと移動していった。

僕はタオルで顔を抑えたまま、多くの応援団と共にゆっくりと下へ向かった。

1階の通路に降りると、わりとすぐ近くに香織サンがいた。
彼女は目を真っ赤に腫らし、泣いていた。
他のマネージャー達とも抱き合い、僕は掛ける声も見つからない状態だった。

すると、香織サンが近くにいる僕を見つけた。

僕はというと、タオルで目と鼻を覆い、めちゃくちゃ泣いている。


但し、別の事情で。


そして香織サンは、目を真っ赤に腫らし泣いている僕を見るなり、抱きついてきたのだ。

…柔らかい。ヤラワカイ。

香織サンからは、野郎を生きる世界には到底見つけられない類の髪の香りがした。

僕はいまさら、実はバスケットボールが顔面に当たって泣いているだけなどとは言えないまま、如何にも悲しんでいる感じを出そうと必死だった。

それは一瞬の出来事だったと思うんだけど、とても長い時間に感じた。

暫くすると、マネージャー達はロッカールームから出てきた監督に呼ばれ、部屋へと入っていった。

「田所クン、応援してくれてありがとう。」

彼女はそう呟いて、ロッカールームへと消えた。


全治2週間だった。

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