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Mr.スクーリの美学


余分を語らなくても通じ合う友というのは、とても貴重だ。

その友とも初対面では何かしらの会話をしたはずなのに、いつしか余分な会話は減っていき、何れ多くを語らずとも理解する様になる。

それは距離感の話かもしれないし、感覚の話なのかもしれない。

語るという行為は、いつも繊細で面白い。

ただ、多くを語らないのもまた面白い。

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アイスランドの首都・レイキャビクは、アプーと出会ったアリューシャン列島・チグニックよりも約500㎞北緯である。

付き合ってかれこれ数年になるスクーリ(Skúli)おじさんとの交流は今も続いていて、彼の持つ雰囲気は独特である。

その片鱗はメールのやり取りでもわかるんだけど、前置き表現がお洒落だったり、思わず真似をしたくなる様な美しい文を書く。
用件自体はシンプルなメールでも、それを読んでいるだけで楽しかった。

彼とは当初メールでの交流から始まり、その後一緒に仕事をする事になるんだけど、初訪問はなかなかのモノだった。

初めて訪れる場所は、地元の人のオススメを大事にする。
土地勘も無いし、せっかく行ったのに後悔も出来るだけしたくない。
なので、宿泊先に関しては地元をよく知るスクーリに頼んだ。

ただ、あいにく観光のハイシーズンと重なってしまい、レイキャビク市内はどこもほぼ満室状態だったんだけど、宿が決まるまでのメールのやり取りも前置きは長い。

”美しいダイヤモンドダストを見た事はありますか?
綺麗な結晶が空を舞い、その光景はとても煌びやかです。
ここアイスランドは今、誰もがわかる”完全な冬”であり、12 月以降は強風と雪で非常に困難な天候が続いています。
しかし、私達はこの困難に関しては長年の事なので慣れています。
例の噴火の時もそうでしたが、基本的に成す術はありません。
しかし、我々は自然の状況に応じて出来る事があり、
我々はそんな自然と向き合い暮らしています。
日本も地震や災害が多い国と聞きますし、共感する場面は幾多もあります。
一度でいいから、日本の美しい桜を実際の目で見てみたいです。

追伸 例のホテル予約の件:ダメでした”

いやそれだけ書いてダメだったのかよ!!

彼とのメールはいつもこんな調子だった。
結局ダメかと思われた満室問題は旅程ギリギリになって解決し、一路レイキャビクへ向かう事になった。

コペンハーゲンでちょっとした用事を済ませ、そこから2時間弱のフライトで到着したケプラヴィーク国際空港は小さな建物だけど、中は多くの人で賑わっていた。
日本のナリタと似ていて首都圏から50kmくらい離れた場所に空港があり、市内まではシャトルバスが分刻みで運行されている。

空港でチケットを買い市内のバスターミナルに着くと、そこには数人乗りのミニバンが何台も待機していて、スタッフに最終の行き先を告げると、慣れた様子であのバンに乗れと指示をしてくれるので、スムーズに目的地までたどり着いた。

スクーリが予約してくれた宿はホテルではなくコンドミニアムだったが、満室の中で奇跡的に手配してくれたので助かった。

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フロントに向かうと、ドアに鍵が掛かっている。
よく見ると掛札に16時でクローズ・それ以降のチェックインは電話してくれとあったので早速掛けると、管理人からドアの暗証番号を教えてくれた。
無事に中に入り、木製で出来た可愛いキーボックスから僕の名前を探すと、101-1号室という部屋が予約されていた。

”-1”が若干気になってたんだけど、案の定どの場所を探してもその部屋が無い。
共有キッチンの奥から半地下にあるランドリー、最後はボイラー室の裏まで探したが見つからないので管理人へ再度電話をすると、101-1は外にあるという。

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物置か。

どうりで見つからない訳だと思いながら部屋に入ると、縦長だけど一通りが揃っていたので安心した。

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初日は近くのスーパーで適当な食材を買い込み、メインストリートを振り返ったらシンボルタワーであるハットルグリムス大聖堂が目の前だった事に興奮したが、宿に戻りサンドイッチを食べた後の記憶がないまま、深い眠りについた。

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翌日の正午前。

約束の時間にスクーリが来てくれた。
初めての挨拶を済ませ、クルマへ乗り込む。
島内を1周出来る環状の国道1号線に乗った頃に昨日の宿の件を話すと、説明してなかったっけ? とスクーリにあっけらかんと言われた。
いつもメールの前置きが長いと、肝心な部分を伝え忘れる事もあるだろう。

むしろ1から10まで書かれているよりそのくらいが心地よいので、すぐ笑い話になった。

アイスランドの主要交通機関はクルマで、所有率はほぼ100%だという。
目的地まで片道6時間の旅は短くはないけど、全てが初めてだと時間の長さはそれほど重要ではなかった。

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車中の話題はスクーリのメールの話になり、いつも叙情的、紳士的で僕は好きだと話すと、彼は少し嬉しそうに笑い、レイキャビクには世界でも有数の書店数(密度)があり、昔は冬場の長い暴風雨で動けなくなると、出来ることは読書くらいしか無かったから、印象に残る美しい言い回しは記憶に残りやすいと言った。

移動中はスクーリの家族の事やこの国の事、もちろん日本の事もたくさん話した。
移動距離が長い旅というのも、たまには悪くない。
彼の会話や応対は常に紳士的で、話す言葉は教養に満ち溢れていた。

ふと、トイレに行きたくなった。
しかし彼の振る舞いから察するに、おそらくガソリンスタンド等で用を足すに決まっているだろうから、その辺で……という訳にはいかない。
しかし、走れども走れどもスタンドが無い。
小さな店ですら1件も無い。
我慢の限界が近づき、僕はスクーリにその旨を伝えると、彼は言った。

「いや、俺もさっきからそうなんだ」

いや早く言えよ!!

「いくら紳士とはいえ、緊急事態では仕方ない、ハハハ」

スクーリはそう言いながらドアを乱暴に開け、猛ダッシュで路肩に走り、コトを済ませていた。

めちゃくちゃ面白かった。

道中目に入ってくる景色はこの世のものとは思えない美しい自然が連続する。

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目的地へ着いた頃は、もうすっかり日が暮れていた。

4日間ほどそこで仕事を済ませ、レイキャビクへと戻る途中、午後からの吹雪と豪雪により一気に視界がゼロになったので、僕達はデューピボーグルという小さな村で一泊する事になった。

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小さな村での食事は想像していたよりもずっと素敵で、美味しかった。

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夜中はひどい吹雪だったが、翌朝は静かな曇り空だった。

ホテルの近くを散歩すると、小さな港の奥に円状の養殖場が見えたのでその場所を尋ねると、彼は急にそこに行こうと言い出した。

近くにいた村人に幾つか質問をすると、彼らは道路の脇から降りてその場所へ行こうとする。

”Never trouble trouble until trouble troubles you.”
(悩み事が君を悩ませるまでは悩み事を悩むな。)

この場面でちょっと何を言ってるのかわからないが、スクーリはおそらく知的に善は急げという例えを発すると、村人とスクーリはズンズンと崖を下り出した。

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今さっき急斜面を降りてきた場所を見上げる。
よく滑らずに来れたと思う。

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先をズンズン進むスクーリ。
早く来いと言わんばかりの顔だが、足元は滑りやすく、落ちたらそこは極寒の海。

僕はヒィヒィ言いながらようやく追いつき、幾つか施設の視察をさせて貰った後、スクーリは最後に養殖場にいるスタッフを紹介した。

「彼はミーレ。僕の従兄弟で養殖場を経営してるんだ」

いやそれ先に言おうよ!!

今になって、なぜ彼が急にあの村に泊まると言い出したのか、急に養殖場へ行こうと言い出したのかがようやくクリアになった。

流石に僕は、冗談ぽく先に説明してよと言った。
スクーリは両手を挙げて口をヘの字にし、先でも後でも事実は別に変わらないだろう?と言い、その場で2人とも笑い転げた。

村に戻りランチを済ませた後、レイキャビクに向かった。
僕の帰国日は翌日の朝だったので、今夜中に辿り着ければ良かった。

村から1時間ほど進んだ時、再び問題が発生する。
アイスランドの大動脈である国道1号線が、昨夜の猛吹雪のせいでみるみる道が狭くなっていく。

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そして雪崩により一部の道が完全に塞がれていて、ついにこれ以上進めなくなった。

「参ったな……これじゃどうしようもない」
スクーリはそう言い、僕のフライトスケジュールを再度確認する。

「今夜中に着くのは厳しそう?」
そう尋ねると、彼は少し考えた後、携帯電話で誰かと話し出した。

「簡単に諦めないのがアイスランド人の良いところさ」
そう言って約2時間近くが経過した頃、後ろから轟音と共に大きな除雪車が向かって来た。

運転手は、さっきのミーレだった。

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”Take time to deliberate, but when the time for action comes, stop thinking and go in.”
”慎重に考えろ。しかし、行動する時が来たなら、考えるのをやめ、前進せよ。”

かの有名なナポレオンの名言を言うと、彼は僕を見て笑った。
何でもモッタイつけて言うスクーリはいつも可笑しいけど、同時にロマンチストな彼が少しカッコよく見えた。

雪崩をもろともせず一気に切り拓いてくれたミーレ達にお礼を言い、その後は大きな問題も無くレイキャビクに着いた。
彼の家に到着する頃、アイスランド人はこの自然に対していつもどう考えているのかを尋ねた。

いつも知らないのは人間の方だ。
自然はいつもそこにあって、彼らは何も変えていない。
人は常に変わろうとするけど、彼らが変わらないから人は変われる事を忘れてはいけない。

素敵な言葉だと思ってメモをした。
「それも何かの本に書いてあったの?」
と尋ねると、彼はちょっと誇らしげにこれは俺のオリジナルだと言って笑い合った。

彼の家に招待してくれ、滞在最後のディナーをご馳走になった。

奥さんにスクーリのモッタイ癖の話をすると、彼女は少し呆れたように言った。

「彼ってとても変でしょう。でもそれが彼なの」

彼女が普通の感覚で良かったという安堵もあったけど、多くを語らないスクーリの美学は、いつの間にか僕も好きになっていた。

「ああそうだ、旅の最初に渡すつもりだったんだけど、これはささやかなプレゼントだ。アツシもたくさん本を読むといい」

スクーリはそう言って、僕に素敵な奥様手製の革のブックカバーをくれた。

最後の最後まで、モッタイつけられた。


今度訪ねる時も、多くを語らず彼の旅に連れて行ってもらおう。








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