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サンドポイント・ブルース

「ご苦労だな。なんだ若造じゃねぇか。酒、持ってきたか」

一番最初に交わした言葉だ。

表現をする生き方に、憧れを感じたことはあるだろうか。

全てを捨てて1つの為に生きていくことは、勇気が要る。

だから多くの人々は、その生き方に憧れるのかもしれない。

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アメリカ合衆国・アラスカ州のアリューシャンズイースト郡に位置するサンドポイントは、州の形状でいうと、南側に長く手が伸びている(アリューシャン列島)の西端にある島の1つだ。

本社にはいつも、もっとお洒落な街へ行きたいとリクエストをしているのに、よりによってサンドポイントは、僻地中の僻地にあった。

果地かと思われたチグニックよりもさらに西へ150㎞先にあるが、唯一の自慢は飛行機のメンテナンス場を配備している為、空港は綺麗に整備されている。
サンドポイントには週1便しか無く、フライトの日に悪天候で欠航になると、翌週まで島で待機した。

出発時、シアトルで同僚から受け取ったとても重たい荷物を担いで、小さなセスナ機でサンドポイントへ到着した。

「彼にはあまり絡むなよ。めちゃくちゃ怖いから」

何度もそう言い聞かされていたので、会う前から緊張していた。

今野さんは60後半になる、髭モジャで白髪、ロングヘアを1つに結わえるファンキーなおじさんだ。

日本の北国の出身で、父親は漁師だった。
幼少から厳しい躾や生活に嫌気がさし、10代で家を飛び出し、20代には夢を見てテネシー州・メンフィスへと降り立った。

トーキョーではギターの腕を見込まれ、単騎アメリカへと乗り込んだのだが、現地では鳴かず飛ばずのまま、アメリカの片田舎で生活を送っていた。
結婚をしていた時期もあって、娘が1人だけいるという曖昧な話を聞いたことがあるが、それ以上の情報は知らなかった。

アラスカへは出稼ぎ目的で、当時ドル箱だったイクラや筋子を作る為に多くの熟練者(テクニシャン)が日本の北国から集まっていたが、今野さんは当時の古い仲間に誘われ、今はこの島にいた。

20kgはあるかと思われた箱の中は日本酒とウイスキーで埋め尽くされていて、頑丈に縛られた箱を開けると、歓声があがった。

「これは俺の特別室用な」

そう言うと、今野さんは寝室に2本、ウイスキーを抱えて行ってしまった。

到着した前日からレッドサーモンは遡上のピークで、彼らは昨晩から殆ど寝ていなかった。
長い時は遡上が2日以上も続き、アラスカ州の厳しいレギュレーションに沿って、獲れる時期にきっちりと数量をこなしていった。

手が空いた時には僕も彼らの手伝いをするのだけど、ほとんど彼らの邪魔にしかならなかった。

ある日、オフの日に僕は飽きもせず、桟橋で釣りをしていた。
釣りと言っても金魚すくいに近く、エサを放り投げると数秒後には何匹もの魚が水中から一斉に追いかけてくる。
今日の晩飯用の魚をチョイスしていると、そこへウイスキーを抱えた今野さんが来て、どっかと座った。

「おい、タバコ持ってるか」

僕は緊張のあまり、まるで怖い人にカツアゲでもされているかの様なリアクションでポケットから箱ごと差し出した。

「全部じゃねぇ。1本でいいよ」

そう言われて火を付けると、彼はゴロンとそこに寝転がった。

「なぁお前、音楽は聞くか」

頷いて、反対側のポケットに入っていたCDプレイヤーのディスクを取り出すと、今野さんは急に起き上がった。

「お前の時代じゃねぇだろ」

中継したシアトルのCD屋で見つけた、エリック・クラプトンB.B.キングが競演するRIDING WITH THE KINGを聴いていて、当時はアメリカのトップ40でも上位にいた。

試しに聞いてみますかと尋ねると、彼は首を横に振った。

何日かが経過し、別のテクニシャンに頼まれ、彼らの部屋から必要な道具を取りに行くと、その日は休みだった今野さんが寝ていた。

足音をたてないように静かに歩いたが、木製の床が軋む音で彼を起こしてしまった。
すみませんと謝ると、彼はまたタバコを1本くれと言った。

今野さんの枕の脇に、ギターケースの様なモノが見えた。

「今野さんは昔、音楽をされていたんですか」

そう尋ねたが、まるで無視でもするかのように無言の時間が続く。

(いや、なんでもありません)

そう言いかけようと思った矢先、彼はギターケースからギターを取り出し、その場で演奏を始めた。

CROSS ROAD BLUES / Robert Johnson

I went to the crossroad fell down on my knees
十字路へ行ってひざまずいた

I went to the crossroad fell down on my knees
十字路へ行ってひざまずいた

Asked the Lord above "Have mercy save poor Bob, if you please"
神様、どうかこの可哀想なボブをお助けください

Mmmmm, standin' at the crossroad I tried to flag a ride
十字路に立って車を止めようと手を振った

Standin' at the crossroad I tried to flag a ride
十字路に立って車を止めようと手を振った

Didn't nobody seem to know me everybody pass me by
誰も俺に気がつかず、みな通り過ぎてゆく

Mmm, the sun goin' down, boy dark gon' catch me here
日が沈み、闇が俺を取り囲む

Oooo ooee eeee boy, dark gon' catch me here
闇が俺を取り囲む

I haven't got no lovin' sweet woman that love and feel my care
俺を愛してなぐさめてくれる女は、ここじゃ一人も見つからなかった

You can run, you can run tell my friend-boy Willie Brown
走れ、走れ、それで友達のウィリー・ブラウンに言ってやるんだ

You can run tell my friend-boy Willie Brown
走れ、走れ、それで友達のウィリー・ブラウンに言ってやるんだ

Lord, that I'm standin' at the crossroad, babe I believe I'm sinkin' down
神様、十字路に立ち尽くす俺はこのまま沈んでしまう


弾き終わると、今野さんは優しく笑いながら言った。

「俺の演奏は、高えぞ」

今野さんは僕が飛び立った翌週、サンドポイントで亡くなった。

彼は心臓の持病があった様だが、誰もそのことを知らなかった。

古い仲間達が部屋に残された古い手帳から唯一の一人娘に連絡をし、彼は娘のいるメンフィスへ移送された。

僕は今野さんの、最後のブルースを聴くことができた。


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