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破滅が目の前にあっても、そこで立ち止まれない人『ナイトメア・アリー』※軽いネタばれ注意

ギレルモ・デル・トロ監督で私が一番好きなのは『シェイプオブウォーター』でも『パンズラビリンス』でもなく、ロン・パールマンはまり役の『ヘルボーイ』の『ゴールデン・アーミー』の方だったりする。娯楽作品としてとにかく良いし、明るくて、ヘルボーイは良いヤツだし、まぁ見ていて楽しい映画である。一方で『ナイトメアアリー』にはそうしたウッキウキの冒険活劇とは程遠い、人間の汚れた面を描いたこれがまたドロドロしたイヤミス的な作品である。登場するのはデルトロ作品にしては珍しく人間だけ。デルトロ作品おなじみの妖怪やクリーチャー、SFギミックの類は一切出てこない人間ドラマなのだが、それでも飽きさせず、2時間半ていどもあるたっぷりした上映時間はあっという間に溶けていく。

上にも書いたが本作のジャンルを私はミステリーと位置づけた。しかし推理小説の愛読家や、私のように創作をしてる人間ならもしかしたら結構序盤で先が読めるかもしれない。だがそれが却ってよかったりするだろう。破滅は具体的に見えていた方がその悲惨さがより際立つからだ。よって楽しみ方としては、次が何に起きるのかというドキドキ感よりは、決まった結末に向かって真っ逆さまに落ちていく人間の有様を観察する映画である。途中で何ども引き返せとタロット占いや心ある人たちによって警告されるのだが、悪事を働く人間というのはそれが中毒になってしまっているのか、破滅が見えていてもブレーキをかけたりなんかしない。つっきるだけ。序盤のサーカスで飼われている正体不明の「獣人」のうらぶれて薄汚れた姿や、彼がサーカスで奴隷のように使役されている背景はずっと主人公スタン(ブラッドリー・クーパー)や私達観客につきまとい、忘れたころに最も恐ろしい形で実現するという訳だ。そうした破滅は突然やってくるわけでなく、それに至るまでに入念なプランが立てられているのがわかる。そのため展開も無理がなくて、そつのない脚本だなという印象を受ける。また見終わった後は、下にも詳しく書くのだが因果応報的な教訓を孕んだ童話や昔話のような後味も残す。

時折思い出したかの如く画面にアイリスアウトがかかってちょっと笑ってしまったのだが、本作はそうした表現にふさわしい時代(現代を舞台にした映画でアイリスイン、アウトはないだろう)、具体的には第二次世界大戦を時代背景としている。劇中でも新聞やラジオと言ったメディアを用いて度々それが強調されるのだが、主人公が操る心霊術つまりオカルティズム、そして戦争は切っても切れない密接な関わりがある。第一次大戦の惨状に心を痛めて交霊術にハマったコナンドイル然りなのだが、救いを求めてありもしない死者の世界や輪廻転生といった物語に希望のよすがを求めようとする。それが致し方無いのだろうが、問題はそのように傷ついた人間の心につけいるかのような詐欺を働く人々がいるということだ。劇中スタンは身に着けた読心術を武器に巧みに詐欺を働き、みるみるうちにそのような傷ついた人たちの信用を勝ち取っていく。しかし忘れてはいけないのはそれが敷衍し、規模が広がっていけばいずれ国家高揚の錦の御旗となり、「やらなければやられる」といった被害妄想じみたプロパガンダに変質することである。詐欺師の弄する嘘が現実になる私達をゾッとさせるシーンがあるが、素晴らしい訳がない。劇中で彼に縋る老夫婦の顛末がそれを証明している。

基本的には理路整然とした映画なのだが、しかし一方でよくわからないものもいくつか登場する。作中に登場する「胎児」の存在は本当に奇妙である。この小道具が一体なんなのか、何を意味しているのか最後まで種が明かされていないのがなんとも消化不良であり、それゆえに相当不気味である。このイレイザーヘッドみたいな坊やは罪や死といったものの象徴なのか。あるいは本作で絶対的な存在感を示すケイト・ブランシェットに施された特殊メイクと紐づけると謎が解けるかなとも思ったが、劇中で証明する根拠は映されていない。また、主人公のスタンなのだが、こいつも妙なキャラクターである。彼がサーカスに身を置く前のそのどこか不安を誘う立ち振る舞いといい、ルーニー・マーラー演ずるメアリーといちゃつく場面での彼の行動(過去にデートレイプのような同意のない性行為の被害にあったことを匂わせやんわり拒絶する彼女に対し、「いや、大丈夫だから」と行為を続行するのはいくらなんでも普通ないだろう)といい、そうした描写から彼は何かしらのハンティを負っているのでは……とも推論したが、それも深くは掘り下げられなかった。

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