○○っぽくある力。

皆さん大変ご無沙汰しております。
三日坊主ならぬ三日おじさんこと私です。
Instagramで長文を投稿しまくっている為、文を書く欲求をそちらで消費してしまっておりました。

さて、先日知人と酒を飲みながら「清潔なのと清潔感あるのだと、清潔感ある方が良くない?」といった話題があがりました。
傷んだロン毛+髭を生やしたおっさん(今気付いたけどこれちょっと前の俺では?ディスりか??ディスりだったのか!?)と爽やかな好青年だと明らかに後者の方が清潔感があって、実際におっさんが綺麗好きだったとしても第三者の印象は変わらないと。

「考えてもみろ 今の世の中 『それっぽいもの』ばかりじゃあないか」
「『すごいこと』より『すごい空気』が幅を利かせ」
「『楽しい』より『楽しそう』がぶいぶい言わせる」
「天才よりも天才のフリがうまい奴が評価される世の中だ」


これは少年ジャンプに連載していた「めだかボックス」という漫画のキャラクターの台詞なのですが、当時これを読んで割と衝撃を受けたのを思い出しました。
今回の話とは少しニュアンスはズレますが。

○○っぽい感じ、○○感、○○そうなどの言葉は実際のその人を表すのではなく、第三者が受けたその人の印象である事が多いです。
そして、実際その人がどうであるかよりもこの第三者が受けたその人の印象の方が、受けた側がその人を評価する際のポイントとして強い気がします。

だって綺麗好きかどうかなんて一緒に住んでみないとわからないし、優しい人かどうかは優しくされる関係性の方が大事だし、お金持ちかどうかは口座を見れる訳じゃないので表面でしか測りえない。
つまり、距離感がある程度以上、ざっくり言うと親友や恋人や家族ぐらいの関係でなければその人の本質よりも表面的な外面の部分としか触れないので大事になってくると。

大事なのはセルフプロデュース。

仕事や対人関係、社会においては「誰にどう評価されるか」が大事です。
であれば自分がどんな人間かよりも、どんな人間に見られるかが大事になります。
自己評価よりも他者評価の方が社会での評価としては強いです。
あくまで社会の評価としたのはそれを自分が大事とするか否かが関わってくるからですが、今回の話とはズレるのでその話は置いておきます。
なので、会社で評価されたい、友達にこう思われたい、好きな人に好かれたいなどを考えた際には、その対象に「○○っぽい」と思われるようなセルフプロデュースを心掛けると良いかもしれませんね。

ちなみに唐突に漫画の話ぶっ込んでくるのは実際にはそうでなくてもオタクっぽいと思われるのでくれぐれもお気を付け下さい。

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