損なわれた社会資本と心理資本が招く日本企業の衰退

 この記事【電子立国に幕、人事が足かせに 東芝メモリ売却完了】は、ある意味衝撃的な内容で、日本特有の人事、特に技術者を取り巻く人事のあり方が、技術者、ひいては技術の流出を招き、日本企業の競争力を著しく損ねている現状に警鐘を鳴らしています。そして、何故このような事が起きるのか、あれこれ考えている時に出会ったのが、日立製作所 フェロー 矢野 和男さんの投稿【4つの資本(Capital)を知る】でした。今まで、企業をめぐって、このような4類型の資本で考えたことがなかったので、最初は驚き、そして、次の瞬間――、

 技術流出が起きるのは、その企業の社会資本と心理資本が枯渇しているか、そもそも、社会資本・心理資本という発想がないからである。

――という気付きを得ることが出来ました。

 企業にはヒト・モノ・カネ・テクノロジー・データといった資産があり、企業はそれらを効率的に組み合わせて事業を推進し、業績の向上を図ります。ところが、今、これら資産のうちヒト(とヒトの生み出すテクノロジー)の部分に課題が生じたとして、いくらこれらの従来型の分類に基づく資産を眺めていても、原因は見えてきません。企業の内部構造のどこに問題があるのかは、全く別の基準、視点で見ないと分からない、という事です。その視点が、冒頭で触れた『4つの資本』なのです。

●財務資本Financial Capital・・・いわゆる資本。資本主義社会における投資。●人的資本Human Capital・・・財務資本を生み出す人の能力。●社会資本Social Capital・・・人が学習し、その人を支援する場としての、社会的ネットワークにおける人間関係。人的資本を生み出す人間関係。●心理資本Psychological Capital(PsyCap)・・・変転する環境の中で、ポジティブな心理状態を持続可能とする要素。財務資本・人的資本・社会資本など、全てを生み出す源。個人にとっては、自身の生き方、生きがいに向かって前進するため、自分の能力を最大限に発揮するために必要な心理状態。企業にとっては、競争力を最大化するために、どうやってそのような心理状態を引き出すかという課題。

最後に挙げた、心理資本の、ポジティブな心理状態を持続可能にする要素とは――

●自信・効力感Efficacy●楽観性Optimism●希望Hope・・・成功のイメージと、そのための具体的なプロセスのイメージ。●粘り強さ・再起力Resilience

 つまり、技術者の流出という『人的資本』の問題の原因は、社会資本と心理資本に潜んでいると捉えることが出来るのです。

(1)損なわれた社会資本が招く問題

記事などから、社会資本(人間関係・人事)に属する事例を挙げてみると――

①【経営トップの任期が短すぎる】⇒短期間で大胆な改革は無理⇒大過なく勤めようと守りに入る⇒イノベーティブな事業への消極性

②【経営トップが従来型の事業の出身者】⇒革新的で非連続な事業の経営センスがない⇒投資のタイミングのズレ・開発凍結

③【派閥で出世が決まる】⇒フェアな評価の欠如⇒革新的な技術を評価できない(しない)人事

④【管理職というキャリアパス】⇒能力に関わりなく、画一的な基準で技術開発から外される

⑤【役職定年制度】⇒画一的な基準で能力を発揮できるポジションから外される

⑥【低い成果報酬】⇒企業業績を大きく変えるような(技術)成果に対しても画一的で柔軟性に欠ける賃金体系が適用される

 以上に挙げたような人事のあり方は、すべて社会資本の質を低下させ、本来は人的資本を生み出す人間関係であるはずの社会資本を歪めていると考えられます。社会資本の状態がこのように損なわれていては、およそ技術者にとっては厳しい状況と言わざるを得ません。社会資本が、技術者が育ち、技術者を支援するような状態にないのです。人的資本を生み出さなくてはならない社会資本が、逆に人的資本の阻害要因となってしまっています。

 現在進行形の第4次産業革命の時代、大企業であろうとなかろうと、経営トップには、イノベーションを推進する、スタートアップ的な経営センスが求められ、技術者という存在の特性に見合った弾力的で柔軟性のある人事と賃金の体系を構築することが喫緊の課題であると考えられます。

(2)損なわれた心理資本が招く問題

(1)社会資本を検討してみて直ちに分かった事は、社会資本が損なわれる原因、つまり、イノベーションに疎い経営トップが輩出するシステムと、技術者に寄り添わない人事システムは、二つ揃って技術者のポジティブな心理状態を阻害している、逆に言うなら、技術者のポジティブな心理状態を持続可能とする心理資本がゼロ、ない、という事です。

技術者本人がポジティブな心理状態を持続可能とする4要素、自信・楽観性・希望・粘り強さを獲得するには、本人の努力に会社のサポート、会社からの技術者に寄り添う姿勢が加わらなくてはならないことは明白です。心理資本は、その本質からして、技術者、従業員と会社のコラボレーション、協力関係、信頼関係によって構築されると考えられます。

 企業、経営トップは、何よりもまず、企業の全ての源である心理資本を見直し、整備して、技術者が、この企業は信頼して働き続けるに足る、共感できる組織である、簡単に言えば「この会社が好きだ」と感じられるような企業風土を作り上げなくてはならないのではないでしょうか?

 自分の会社の社会資本と心理資本がどのような状態にあるか分析することは、経営にとっても、そこで働く従業員にとっても、きわめて重要な作業であるはずです。

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO31220790R30C18A5X11000/

https://comemo.io/entries/8022

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