ウーバー『空飛ぶタクシー』の決定的な点~巨大交通プラットフォームの産声~

 この記事『圧倒的なウーバー「空飛ぶ車」構想、日本勢に決断迫る』のタイトルが目に飛び込んできた時、SF好きの私は、いよいよそんな時代が来るのかと、たちまち本文に引き込まれていったのですが、すぐに分かったのは、いわゆる『eVTOL(電動垂直離着陸機)』が、昔ながらのSFファンにはお馴染みの『エアカー』とは根本的に違うモノだという事です。近未来SFに登場する『エアカー』は、反重力などの半ば空想的な動力源で、路面から数十センチ浮遊して走るタイヤのない車のことで、走行空間は自動車と同じ、電動化とか空を飛ぶというコンセプトの乗り物ではありません。『エアカー』は、あくまで既存の自動車の進化した、地上走行車の延長線上にあるモビリティーなのです。

記事を読み進むにつれ、私の関心は、SF的な興味本位のものから、一体eVTOLとは何なのか、という本質的な疑問に移っていきました。残念ながら、最初の感想、第一印象は、「これは、日本には根付かないな……」という否定的なものでした。あくまで直感的な話ですが、日本の大都市の上空をeVTOLが飛び回っている情景が思い描けなかった点、乗る人にとっても地上を歩く歩行者にとっても危なくないかという安全性への懸念、そして、日本の電車はすごいし自動運転車のライドシェアが普及すれば十分じゃないか……そんな思いが浮かんだのです。

しかし、半ば気の抜けたような心持ちで最後まで読み進めた私は、次の一節に目が釘付けとなりました――

 ビジネスモデルの検討やeVTOLの開発費用を捻出するのはメーカー自身の判断となる。あるメーカー幹部は「今年中に機体開発に着手しなければ、もう欧米や中国に追いつけないだろう。それほど海外では急ピッチで研究開発が進んでいる」と焦燥感を示していた。空飛ぶ車ビジネスに「乗り遅れない」ためには、日本企業の早急な決断が求められている。

 「これはまずいな……」と愕然としたのです。私は、直ちに最近考えたことのある一つの事例を思い浮かべました。それは、音声UI(ユーザーインターフェース)に対する日本人の苦手意識が、音声AIデバイスの普及の足かせになっているのではないか、そうこうしているうちに、プラットフォーマーの着々と拡大していく音声AIのエコシステム(経済圏)に『乗り遅れてしまう』のではないか、という懸念です。日本における盛り上がりが欠けて、市場の成長が読めず、そうこうしているうちに大きな潮流から取り残される……全く同じ構造が、イノベーティブな技術のUXがイメージできず、デザインできないという『イノベーション・アクセラレータへの消極性』の構造が、今またeVTOLにおいて繰り返されようとしている……。

そこで、私は、eVTOLが何故重要なのか考えることにしました。考える切り口は、eVTOLという『モノ』そのものより、eVTOLの体現する『コト』の方にあるに違いありません。現在進行形の第4次産業革命においては、そのコアとなるのがIoT、そして、それを制御するAIで、そのIoT革命の必然の結果として、従来の『モノづくり』は『コトづくり』へとパラダイムシフトし、製造業のサービス化が加速すると言われています。

●従来のモノづくり=メカニクス+エレクトロニクス+ソフト     ・・・・・・顧客にハードで差別化をアピールするモノづくり●これからのモノづくり=『コトづくり』=メカ+エレキ+ソフト+IoT+AI     ・・・・・・顧客に価値のある『コト』を提供するモノづくり

だとすれば、ウーバーの目指しているもの、本丸は、eVTOLという機体そのものではなくて、eVTOLで実現しようとしているサービスなはずです。記事によれば、それは、UAM(都市航空交通システム)ということになります。これが何故決定的な点となるのか、いくつか考えられることがあります。

① eVTOL市場を制する、支配するのは、機体メーカーではなく、eVTOLで実現するUAM(都市航空交通システム)のビジネスモデルを業界標準にできた企業のはずです。② 日本では実感が湧かずとも、世界中を見渡せば、十分な予算を確保できず都市の交通インフラが未整備であったり、すでに飽和状態で空に活路を見い出すしかない都市がたくさんあるはずです。UAM(都市航空交通システム)と親和性のある都市は多く、市場規模は大きいとみるべきでしょう。③ 自動運転によるライドシェアにも力を入れるウーバーが、eVTOLやUAMをも強力に推進するのは、自動運転だけでは、地上だけではモビリティシェアリングサービスが完結しない、と読んでいることは間違いないと思われます。

 このように、たとえ日本では実感が湧かずとも、世界的には、eVTOLで実現するUAMのサービスは、極めて重要な市場で、このシステムを含めたモビリティシェアリングサービスをトータルで制したものが、都市交通のプラットフォーマーとして君臨することになるのです。このような事が可能になるのは、AIによるビッグデータの最適化が可能になったからに他なりません。

今私達の眼前に明かされた、地上交通と航空のハイブリッドな次世代都市交通システム、この新たなプラットフォームの描く未来像は、もしかしたら、地球上の全ての既存の交通機関を覆いつくす巨大な交通プラットフォームの産声なのかも知れません。私達の目撃しているのは、地球規模で統合され最適化される交通のパラダイムシフト、歴史的な転換点なのかも知れないのです。日本企業は、デファクトスタンダードが固まってしまう前に、自力での開発はもとより、出資を始めとしたあらゆる手立てを使って積極的に関与し、足場を築かなくてはならないと思います。それには、次世代交通システム、シェアリングモビリティーのUXデザインをどのようにユーザーと共有し、機運を盛り上げていくのか、という作業も欠かせないはずです。

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO30569950W8A510C1000000/

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?