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『残すべき』論で残したものは歴史に、習慣は伝統に。

こんばんは。
ハイブリッド職人の木村あつしです。
こんな記事がTLに流れてきました。

伝統工芸にも言えることがあったので、書きとめようと思います。

『伝統は残すべき』論は中身のない伝統になる

『伝統や文化はなにがなんでも残すべきだ!』という意見がよくあります。

わかります。
これまでずっと、長く続いてきたものを途絶えさせてはだめだ。
という使命感なのかもしれません。

しかし、この義務感は、とりあえず残すことに執着します。
ということは、その伝統が時代の流れに逆行していても、誰にも必要とされてなくても、関係ないんですよね。
でもそれって、その伝統のあるべき姿なんでしょうか?

伝統とは『習慣』

身にまとうものとして着物を着て、暑ければ団扇であおいで、寒いときは火鉢で暖をとって…
もっと遡ると平安時代(?)に和歌で恋をするとかもありましたよね?
それが日常生活、習慣でした。

でもそれらってもうしないですよね?
『歴史』、過去のものになったんです。

では伝統とは何か。
伝統というのは、今の日常生活に溶け込んだもの、習慣だと思うんです。
歴史と伝統の違いはこれだと思います。

『残すべき』論で残したものは最終的に歴史となり、習慣になっているものは伝統となる。

では今、歴史になりそうな伝統をどうやって習慣に戻すのか。
伊勢型紙ももう一度習慣に戻すために、仕掛けています!!
また近いうちにその施策を発表しますね!


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