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スタートアップの経営執行体制に関するメモ

コーポレートガバナンスについて

コーポレートガバナンスに関係するトピックはさまざま存在する。
例えば、株主総会の運営、株主・投資家との対話・情報開示、機関設計、取締役会の役割、取締役会の構成、スキル・マトリクス、取締役会の運営、執行と監督の分離、指名・報酬委員会、役員報酬制度、サクセッション・プラン、役員研修、社外取締役、監査役、外部会計監査人、内部統制・リスク管理体制、中長期経営方針、サステナ、知財戦略、事業ポートフォリオ、政策保有株式などなど。

ただし、スタートアップのステージ・状況次第では、無関係なトピックや、関係性が乏しいトピックも少なくない。
例えば、非上場のスタートアップにとって、コーポレートガバナンス・コードに記述されている株主総会の運営に関するプラクティスは意識する必要性の乏しいトピックであるし、買収防衛策や政策保有株式の保有なども同様であろう。

これに対し、取締役会や経営執行体制(執行役員制度など)は、スタートアップにとっても重要性が高いトピックである。
特に、いよいよコア事業が軌道に乗り始めて成長し、組織化が進みつつある段階以降のスタートアップにとって、中長期の成長ストーリーを描けるか、また、経営方針を経営戦略に落とし込み、強力に推進できる体制に移行できるかはスタートアップの将来性に直結する。取締役会や経営執行体制はこの点と大きく関わる。

取締役会の場でなにが話されるかがきわめて重要であることは、以下の村上誠典さんのnoteでも解説されているので、ぜひお読み頂ければと思う。
https://note.com/201707/n/nc4bb79e1b55f#ZGrEi

このnoteでは、取締役会というよりは執行側(「監督と執行の分離」でいうところの執行側)、経営執行体制について周囲と議論したり、諸先輩方から示唆いただいた内容や、事例を調べたり本を読みながら自分なりに考えたこと、あるいはわかっていないことをまとめたい。

経営執行体制について

経営執行体制は、会社法に即していえば、取締役会から委任を受けて経営の業務執行を行う体制ということになろう。
「経営陣」とか「経営チーム」と表現される場合も多い。

経営チームの役割は、大まかに言えば、経営方針に基づき経営戦略を立てること、また、業務執行全般の責任を持つことだといえよう。
経営チームのメンバーは、上記の役割を分担するという形になる。
マネジメント型の取締役会を念頭に常勤取締役が経営チームの構成員であると整理することもできるであろうし、モニタリング型の取締役会を念頭に、執行役員も含めたチームを経営チームと考えることもできるであろう(なお、大雑把な整理であり、論理的な対応関係はないはずである)。

実際、初期のスタートアップでは、数名の常勤取締役が経営チームを構成することが多いのではないか(CEO、COO、CTO、CFOといて、全員が取締役であるなど)。
いずれにせよ、執行役員を含めたとしても、経営メンバーの人数も限定的であり、経営執行体制について整理する必要性に迫られることはあまりないのではないか。
(むしろ多いのは、創業者間の仲違いであったり、パフォーマンスの上がらない経営メンバーの処遇といったバイネームの問題であろう。)

幸いにも事業が軌道に乗り始めると、組織も拡大し、権限移譲も進む。
そうすると、ハイレベルなスキルを持ったエキスパートや、事業・組織をマネジメントする責任の大きいメンバーも増える。
そういうメンバーは取締役や執行役員に指名されたりする。そうして経営チームの人数が増えていく。

経営執行体制に関する課題

そうして経営メンバーが増えると、それはそれで課題が生じ、経営執行体制について構造・概念を整理する必要性も高まる。

経営チームもチームである以上、適正な人数があるはずだ。
メンバーが増えればチーム運営のコストも高まるし(経営会議の日程調整も大変になる)、それぞれの責任範囲の重なりも生じるかもしれない。

また、議論に参加する人が増えると、どうしても議論は薄まる。
特に経営チームは中長期的な経営方針や経営戦略を策定する役割を担っており、少人数で濃い・深い議論ができる体制である必要性が高い。
(ただし、経営トップがワンマンで決める体制を志向するのであれば、議論できる体制である必要性は乏しいかもしれない。)

また、経営メンバーが増えるにつれ、どうしてもパフォーマンスのバラつきも生じる。
単なる能力の問題にとどまらず、経営チームはフォーメーションなので、それぞれのつよみが活きやすいかという相性の問題も当然にあるので、これはやむを得ないところだろう。

経営執行体制の構造・概念の整理への関心

こうして、経営メンバーが増えると課題も生じるため、例えば、経営チームの範囲に関する定義であったり、経営チーム内に階層を設ける必要性がないかといった、経営執行体制の構造・概念整理の必要性が意識される。

そして、中長期的な経営方針・戦略に時間を使うにはどのような体制がよいか、経営チームの検討・議論の質を高めるにはどのような体制がよいか、経営チームをチームとして強くするにはどうすればよいか、といった観点から検討がなされるのではないか。
ただし、これもスタイルの問題であり、そのような整理に貴重なリソースを使う必要はないという会社も当然にあるであろう。

このような検討が走っても、実務上は、直ちに経営チームの範囲を絞ったり、経営執行体制を複層化するのではなく、常勤取締役のみの会議体を設けるなり、経営メンバーの役割に応じたタスクフォースを組成するなりして、適正な規模で中長期の経営方針・戦略をしっかりと議論できる体制を担保しようとすることも多いとは思われる。

経営執行体制の複層化

経営執行体制についてもう少し構造的に整理しようと思うと、例えば上級執行役員と執行役員だったり、SVP(又はEVP)とVPだったりといった複層化を行うなどして、経営執行体制の階層の整理がされる場合もあろう。

複層化も、さらに進むと、社長執行役員→副執行役員→専務執行役員→常務執行役員→執行役員のような階層となる場合もあるようだ。
経営の複雑性を反映してのことだと思うが、M&Aに積極的な会社だと、PMIの一環で階層が複層化するといった面もあるのかもしれない。

複層化を行った場合、階層を踏まえ、経営に関する会議体を設計することになるのであろう。
そして、例えば、経営メンバー全員が参加する会議体では足元の事業進捗の共有・議論を行い、より上位の会議体(SVP会議や最高経営会議)で中長期の経営方針・戦略の議論をするといったすみわけがなされることになるのであろう。
そうして、その会議体で何を議論し、逆に何を議論しないかが意識され、参加者も絞られて議論の質も高まることになる。

ただし、経営メンバーの階層が増えれば、経営チームの運営、経営に関する会議体の運用の難易度は上がり、工数も増える。
したがって、必要に迫られるまでは、なるべくシンプルに設計する方がいいのであろう。
会社のステージ・規模、例えばコア事業が安定しているか、事業が多角化しているか、グローバル展開しているかなどに応じて適切な設計を考える必要がある。

取締役との関係性

理論上当然ではあるものの、経営執行体制側の肩書・役割と取締役か否かは必ずしも連動しないようだ(例:SVPや上級執行役員であっても取締役であるとは限らないなど)。

特にここ数年の傾向として、社内取締役(社外取締役でない取締役)をかなり絞るケースが増えているように見受けられる。
モニタリング型を意識した「監督と執行の分離」の徹底であったり、取締役会を執行の議論ではなく、社外取締役との間で未来・社会構造・グローバルに思考を飛ばした議論をする場として設計するといった発想だろう。

取締役体制と経営執行体制がイコールではなくなっているからこそ、経営執行体制に関する議論が重要性を増しているとはいえるかもしれない。

これに伴い、経営執行体制における取締役と執行役員の関係性も論点となる。
取締役に業務管掌を持たせ、取締役の下に執行役員をつけるという考え方もあるかもしれない(マネジメント型の発想だとこれが自然か)。
他方で、「監督と執行の分離」を徹底し、取締役か否かと経営執行体制におけるレイヤーとは切り離し、経営執行体制の中でのレイヤーは、あくまで経営執行体制の複層化の中で吸収するという発想もあるのかもしれない(実際、取締役と執行役員の肩書が並列している会社も少なくない)。

執行役員/CxO/VPについて

執行役員もCxOもVPも明確な定義がない。会社法上にない概念であり、その分あいまいさが残る。

執行役員

執行役員の肩書は、観測する範囲では、基本的には経営チームの一員に付されることが多いように思われる。

また、モニタリング型を意識している会社の中には、肩書上、取締役が執行役員を兼ねるケースも見受けられる。
取締役は「監督」側の肩書きなので、執行を意識した肩書きも並列させるという発想であろう。

さらにいえば、「経営陣」として紹介されていない人でも、執行役員の肩書を持つ場合もあるようだ。
もしかすると、人事上の来歴によるものかもしれないが、執行役員の定義によっては、経営チームの一員か否かにかかわらず、組織にとって重要な役割を持つ人という意味であれば特に不整合はないことになろう。

CxO

CxO(CEO、COO、CTO、CFOなど)は、大まかに言えば、一定の領域・機能の最高責任者を意味する肩書といえよう。
ただし、対内的・対外的にその人の社内の役割だったり、つよみ・専門性を示すための便宜上の呼称に留まる場合が多いのではないか。
実際、CLOを名乗りながら子会社の代表取締役を務めているような場合もあり、実際の役割はより流動的でありうる。

もちろん、組織によってはCxO会議などの会議体が存在しており、組織図上の意味を持つ場合もあるかもしれない。この点は個社の設計次第であろう。

経営チームが、(経営戦略の策定及び)業務執行全般の責任者から構成されると考えれば、CxOは経営メンバーに付されることが自然ではあろう。
他方、経営執行体制が複層化している場合、必ずしも最上位の階層にのみ付されるとは限らない(例:上級執行役員でない執行役員にCxOの肩書が付される場合があるなど)。
この点、中長期の経営方針・戦略の議論の実効性を高めることを意図して経営執行体制の複層化をしたとすれば、業務執行の責任の所在を指すCxOの肩書と経営執行体制内の階層が紐づかないことは違和感のないところである。

VP

VP(ヴァイスプレジデント)は、大まかに言えば、特定の領域・機能の業務・権限を広く移譲される役割であり、執行の局面で重要な役割を果たすといえよう。
ただし、「副」のニュアンスはあり、最終的な責任者が別途存在していることが前提と思われるケースが多い印象はある。

VPが経営メンバーとなるか(例えば執行役員VPとなるか)はケースバイケースと思われる。
最終的な責任者が別途存在しているとしても、権限移譲の実態次第では、実質的に大半の権限移譲を受けていることで、その役割の重要性に照らして経営メンバーとなる場合があるのかもしれない(実態はCxOに近いという整理)。
あるいは、VPか否かではなく、本部長を兼ねているなど、組織図との紐づきで経営メンバーとなることもあるかもしれない。

さらにいえば、執行役員VPがCxOを兼ねるケースもあるようだ。
このようなケースでは、経営執行体制の複層化を前提に、中長期の経営方針・戦略の議論に関わるSVPか否かを意識してVPという肩書を整理しているのかもしれない。

VPについても一概には言えないという印象を受けた。

経営執行体制の整理の難しさ

経営トップのキャラクター・経営のスタイルもさまざまであるし、会社のステージ・規模もさまざまである。
人事に関わるので、経営チームを構成する経営メンバーごとの属人的な問題も関わる。
会社の来歴上、M&Aに積極的に取り組んできたかや、どの段階で経営執行体制の構造・概念を整理したかによっても変わるであろう(それにより、どれだけの「割り切れなさ」が残るかに影響するはずである)。

いずれにせよ、経営執行体制は、個社の事情が色濃く反映されるし、きれいに割り切れるものではないのかもしれない。
敬愛なる某先輩によれば、「人生いろいろ、会社もいろいろ、組織もいろいろ」ということのようである。

そのうえで思うこと

個社の経営課題を踏まえた設計が重要

結局は、他のコーポレートガバナンスのトピックに関係してもよく言われることであるが、自社の経営方針・戦略から経営課題を特定し、それを解消するためには何が必要か、そして、どのような状態・水準を目指すのかということを考えることが重要ということであろう。

ゆえに経営執行体制の設計は深遠な問題であるし、それ自体が経営アジェンダということでもある。

経営執行体制はあくまでフォーメーションという意識

また、経営執行体制はあくまでフォーメーションでしかない。
会社のステージ・規模・経営課題に応じて、ベストなフォーメーションも当然に変わる。経営メンバーの地位は固定的なものではなく、ましてや特権・既得権益ではない。
経営トップに関しては、取締役会の監督(指名、サクセッションプラン)の重要性がよく指摘されるが、流動的でありうることは経営メンバーも同じである。

抜擢人事を意図的に行う会社もあるが、優秀な人材の登用や組織への刺激に加え、経営執行体制はフォーメーションに過ぎないという社内の認識を醸成する上でも有用であろう。

「えらい、えらくない」とはまた違う、役割だという認識合わせも必要なのかもしれない。

いずれにせよ、変化に強い経営執行体制をつくることが、持続的な成長を実現するために重要なのだろうと思う。

感謝の言葉

前職時代からコーポレートガバナンスの案件はいくらか関わっており、スタートアップに移ってからも関心の高いテーマであった。
いろいろ本を読むなり、プレスリリースや会社のウェブサイトをながめたりしていたが、自分で考えるには前提知識、想像力、思考力の限界がある。
そのような中で、複数の経営者・スタートアップ・ガバナンスに詳しい有識者に教えて頂き、自分なりに解像度を高めることができた。感謝多謝。いつもありがとうございます。

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