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”予測すること”に意味がある

今年も残り3ヶ月、この時期になると金木犀の香りと共にやってくるのが「来年の食トレンド予測」のご依頼。大変ありがたくも、これがなかなか結構ヘビーなお仕事でもある。

特に今年は難解というか気持ちが沈む。昨年はパンデミック年越え1年目で過去事例がなかったので(自由奔放にエイヤー!で)仮説だてられたこともあったけど、今年はそうもいかない。
かといって、社会情勢がどう傾くかでトレンドの重心も変わるから、いつも以上に雲を掴むような視点になりそうで恐ろしい。

でも、予測することをやめてはいけない、とも思う。
たとえ解答率が低くても結果的に恥をかいても、予測した者だけに得られるご褒美がある。そのあたりをご紹介したい。

2022年の予習ができる。

予測とは、情報を駆使して一通り思考すること。
2022年はどんな社会情勢になって、どんな欲求でどんな購買や調理行動が生まれるかを自力で予習したとも言える。予習していないと日々起こることが実践と復習で向き合うことができる。点ではなく線で考えることができる。

想定通りと想定外の境界線がわかる。

予測は力試しにもってこいの作業だったりする。どこまでが自分の検討通りで、どこからが想定外だったか。その境界線が私の限定値。「あーーここまでは読めたんだけどなぁ」と思いながら生きるのは結構楽しい。

例えば2021年のことで言うと、

飲食業界は苦戦・レストランでの食体験者減少

飲食店起点の食トレンドは生まれにくい

コンビニやスーパーなど自宅に近い経済圏で購入できるものに関心が集まる

ということまでは読めていた。でもマリトッツォがあそこまで伸びるとは考えられなかった。悔しくもマリトッツォに似た北欧菓子の「セムラ」はマークできたいたのになぁ。

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「セムラとマリトッツォは別物ですよ!」といったコメントも頂戴しそうだけど、もちろん風味は違うけど、この手の食トレンドは食べる前に流行っていることが多々。マリトッツォを食べたのだって多くの人は「流行っているから」手にとったはず。トレンド0→1の段階は、風味や食感以上に見た目が記号として成立するか、あとは販路が影響力として大きい。

マリトッツォとセムラは何が違ったのか?

まとめると、私はトレンド発信地の特定はできたけど、メニュー単位のマリトッツォの出現は予測できず、近しいセムラまでは辿りつけていた。
となると、マリトッツォとセムラの差分を整理できれば私の予測解像度は上がる。ということで考えてみると、それは

①カルディ の商品であること
②セムラ以上に見た目が独特であること
②”耳映え”という視点

ということが挙げられそう。①は販路。カルディで販売されたことがセムラとの大きな分水嶺だろうし、見た目がマリトッツォのほうが独特。そしてそのネーミング。「マリトッツォ」とつい発話しなくなるお菓子の名前に惹かれた点も忘れてはいけないだろう。

いま、この状態に近いのがビャンビャン麺。
販路×記号としての見た目×耳映え、すべてOKだけど果たして?


一度予測をしているから実践の中で思考のチューニングができる。
そして自分が到達できたところとできなかったところが可視化でき、その差分の整理によって、一層考察力を高めることができるはず?

予測力は日々求められるスキルでもある。

予測とみると自身には関係ないと思うかもしれないけれど、意外に誰もが日々求められていることでもある。ウェビナーの台本もそうだし提案書もそうだし、商談も。「先方がこう来たら、こう!」と事前にシュミレーションすることで実践のときに余裕を持って過ごすことができる。

これぞ、予測した者だけに得られる実践時のご褒美。
仕事が早いと言われる人はたいてい、一度脳内で検討していたから。趣味レーション力こそ、仕事力とも言えそう。

この思考が雪だるま式に大きくなることで、他者との差別化が生まれるような気がする。そんな褒美のために、この産みの苦しみをたのしみ‥たい‥😭

そう、言いたかったのは、正答率なんて気にしないで自分のために「予測」していきましょう!

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