得難い『珍獣』体験

 十数年前、最初の育休中、多くを学んだ。育休初日、いくらあやしても泣き止まない。母乳を飲みたがって、私の胸のあたりをまさぐる。オッパイがないとわかり、怒った息子はモミジみたいな可愛い手で私をペチペチとたたく。「おまえじゃ、ダメだ」と失格の烙印を押された気がして、何ともやるせなかった。

 夕方、職場を出た妻から電話がかかってくる。「帰りにスーパーに寄ってくるけど、なんか欲しいものある?」私は迷わず答えた。「欲しいもの、オッパイ!」

 仕事が気になって職場に電話をすると、電話に出た後輩は本当に気がきかないヤツで、「あ、先輩!えっ、仕事ですか。いや、別に何事もないように、うまくいってます」と言われ、「俺の存在価値っていったい何だろう・・・」と落ち込んだ。よく女性はマタニティブルー(産後うつ)になるというが、私はパタニティ・ブルーになりかけた。

 これは、まずいと思って、息子を連れて近所を散歩した。しかし、地域社会では、平日の昼間赤ん坊を抱いてうろうろしている男性というのは「珍 獣」のような存在だ。 

 私は見事に公園デビューに失敗した。息子を抱いて公園に足を踏み入れたとたん、それまで和気あいあいとお喋りを楽しんでいたお母さんたちの会話がぴたりと止む。そして、チラチラひそひそ。「あの人は失業者かしら」「あの人は奥さんに逃げられた可哀想な人のかしら」という憐れみの視線を全身に浴びた。

  仕方がないので、砂場の隅っこで息子と2人でさびしく砂遊びをしていると、3日目ぐらいに、親切な奥さんが私の背中越しに「大丈夫ですか?」と声をかけてくださった。よほど、背中に哀愁が漂ってたんだと思う。それで、ようやく会話の輪に入れた。

 ふだん男性はあまりマイノリティ(少数派)体験を味わうことがない。しかし、育休中に疎外感や孤立感を味わい、親切にしてもらってうれしかった経験で、職場復帰してマジョリティ(多数派)に戻った時に、マイノリティに優しくなれると思う。

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