桂枝雀・サゲの四分類

今年の夏は来客が多かった。一ヶ月ぐらい誰かといる時間を過ごすと、隙間の時間が減ったというか、あまりだらだらネットサーフィンをしたりSNSをする時間がなくなった。よって一切ブログを書いていないが今は久しぶりの一人。

一人でいる時にはしないようなことをたくさんしたので、色々書くことはあるのだが、しばらく書いていないとあまりするする書ける気がしない。とりあえず今日は父親と過ごしていた時に聞いた落語家の桂枝雀の緊張と緩和の話を書く。

父親が落語好きで私も若い頃(高校生ぐらいまで?)は落語をたまに聞くことがあった(ほとんど家だがたまに寄席)。大学に入ったあたりから一人で暮らし始めたのもあってそれ以後聞くことはなかったのだが、この夏に久しぶりに桂枝雀の落語を色々聞いた。たくさんある落語の動画の中に一つ『緊張と緩和 古典落語サゲの四分類』といういわば笑いの理論を解説する動画があった。

桂枝雀は笑いの緊張の緩和論というのを唱えていて、落語家でありながら理論家というか、笑いとは何かということを探究し続けた人である。理論についての詳しい話は本も出版されてるようだ(Kindle版があれば今すぐ読みたかったが残念ながら日本でしか手に入らない模様)。

枝雀は笑いを四種類に分類しており、それらは「離れ」と「合わせ」という概念を組み合わせることによって説明できるとしている。理論の話は私も詳しく調べていないので置いておく。先ほどあげた動画の中で、そもそもなぜ笑いの理論があると嬉しい(役に立つ)のかということを枝雀は二点のようにまとめる。

1.寄席の演目を決める時に、良い笑いのバランスが作れる(同じ種類の笑いだけでなく、様々な笑いを組み合わせることによりお客さんの満足度も上がる)。
2.サゲを作る(落語を作る)側になった場合に、この理論を用いることによって笑いの再生産が可能

枝雀の挙げた二点の有用性を見て、良い理論というのは現象のメカニズムを説明するだけでなく、理論からの予測が明確である必要のだなぁと、科学の方法論というか忘れていた科学哲学のことを考えたりした。

笑いの研究はおそらく科学の分野だと心理学および神経科学あたりに分類されるのかと思うが、この理論を元に実験を組み立てることは容易であるように思う。実際にそのような考えで文章にまとめておられる方もいた。

枝雀は科学者ではないので実験室で何かやっていたとは思わないが、おそらく寄席を実験場にして、色んな組み合わせを元にお客さんの反応を見ながら実験していたのではないかと思う。プロの落語家として常にお客さんを笑わせるというのはとても大切な結果であるから、こういう理論があるというのは演者や作り手としては非常に心強いに違いない。

古典落語というのは古典とついている通り、多少形は変えつつも基本的には昔から受け継がれてきた古典的な名作であり、時代を変えても受け入れられ続けているという意味では、そこに何か人間の笑いに関する普遍性があるのだと思う。音楽で言うと西洋のクラシック音楽などもそうではなかろうか。とはいえ人間の歴史から考えると古典落語も西洋クラシックも最近のことといえばそうなのだが。

自分の研究を振り返ってみると、私の場合は自分で理論を作ったこともなく、すでに既存の(人の作った)理論を使って実験をこねくり回したりしてるのだが、枝雀を見ているともっと具体的な事象を観察して分類し、自分の手足を使って何かしらの理論を構築していかなければならないとひしひしと感じる。それは他人の理論を組み合わせて効率よく導出できるものでもなく、ひたすら泥臭い作業なのだと思う。特に人間のような複雑な事象を対象にしている場合は、実験的手法だけでは当然限界がある。ゆえに最近では実験的手法だけでなく、調査やインタビューのような質的研究、過去のアーカイブ研究、数理モデル、神経科学などと組み合わせていくことが、心理学系の研究者にはほぼ必須なように思われる。

ということを少し考えたりしたが、特にまとまった考えがあるわけでもなく、気がついたら九月の中旬である。さて十二月に博論提出できるのかそろそろ怪しくなってきた。