バーニングマンその2@トスカーナ

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二日目

朝起きると、双子の姉妹が帰って来ていて私の隣で寝ている。まだまだ寝ているようだったので、私は歯磨きとトイレ、顔を洗って朝ご飯が食べたかったので、荷物をまとめて下に降りる。食事は粗末なツナや豆の缶、ライスケーキやシリアルバーなど。

八時ぐらいだったが、みんな夜遅かったのかほとんど誰も起きていない。景色がよく見えるところを探し、トスカーナの山並みを見ながら朝ごはんを食べる。そのうちに、参加者の人が連れて来た犬が私に近づいて来て、なんとかツナ缶を食べようとしてくる。犬はツナも食べるのかと考えていたが、今考えたらもしかしてドッグフードと勘違いしていたのか。

そのうちに起きて来て朝の十時ぐらいから始まる予定だったワークショップが十一時過ぎに始まる。毎日何かしらのワークショップが行われているが、参加してもしなくてもいい。最初のワークショップは、「山でのサバイバル入門」といったところであろうか。山にハイキングやキャンプに行く時の準備(心構え・服装・持ち物など)から緊急時の対処(止血の方法、水分の確保、防寒など)まで。

ワークショップを企画していたのは、このバーニングマンの企画者の一人でもあるロン毛のイタリア人。いかにも山男といった感じだが、普段は臨床心理士として働いているらしい。全く想像できない。

お昼は再び粗末なものを食べる。双子の姉妹が、カップスープに炊いたお米を入れてリゾット的なものを作っていた。私にも一つ作ってくれる。Tのオススメのチャイニーズスープを選んだ。美味しい。

お昼のワークショップは、私たちを迎えに来てくれたうちの一人、Sが何か人の幸せについて語る会みたいなのをしていて参加したが、私の理解力が乏しくて正直何を話していたのか一切覚えていない。普段聴いている研究の発表より難しい気がした。彼の英語が完璧じゃないのと、私の英語が完璧じゃないのと、伝えようとしている概念が難しいのとのトリプルパンチである。

その後は、アート作品を作っているライプツィヒから来たAの作業を少し手伝ったりしているうちに、タンゴのワークショップがあるということで参加して見た。あまり考えずに参加したが、タンゴは基本的に男女が対になって体を密着させた状態で踊るかなりセクシーでエロティックなものである。

といっても、やったことがない初心者向けの内容なのでテクニック的に難しいことはなかったが、問題は異性と密着した状態である。私のパートナーはたまたま近くにいたS(先ほど難しいワークショップをした人)である。Sはイタリア人だけど、とてもシャイで謙虚で、相手もなんだか照れ臭そうであった。

踊り始めると、私たちの身長差が多分予想で45cmぐらいあるので、かなり踊りづらい。踊りづらいし、相手の鼓動を感じながら、相手(男性)にリードされながら動くということが、いかに簡単でいかに難しいかということを同時に実感した。研究でも非言語コミュニケーションに興味があるので、どういう動作で相手がどちらの方に動こうとしているのかわかったり、あるいは何故かタイミングがうまくいかない原因などを考え始めると、異性と密着している状態はどうでもよくなり、ただただこの現象を楽しみに始める。

踊っては一旦止まって新たなステップや注意点などを企画者が話しまた踊る、などをして一時間ぐらい経った頃。また少しの休憩の間に、企画者が「S!ダメでしょ!」っと言っているのを耳する。ふと横を見ていると赤ワインのボトルを掴んで飲もうとしていたようだ。憶測でしかならないが、彼は私よりももっとシャイなようで、アルコールでも飲まないとやってられるかという雰囲気が感じられた。

その後パートナーを変えていろんな人と踊る。なぜかうまくいく人、いかない人、明らかにリードが上手い人、下手な人など様々。要は相性である気がする。終わって最後にSのところへ行き、グラッツェ・ミッレ!(ありがとう!)っていうと、Sもありがとうと言ってすごく長くハグをしてくれた。

夕方ぐらいから火を起こし始める。私はすでに出来てるものなので早めに食べる。まだ六月上旬でかつ山の上にいるので夜は肌寒く、ご飯のあとは火の周りに集まる。双子の片割れWが赤ワインを一本持って来てくれて、開けて二人で飲む。参加者一人に一本赤ワインが割り当てられているらしく、飲んでもいいし持って帰ってもいいらしいが、持って帰るのが大変なので飲むことにした。

Wはピサで合流してから会ったばかりで、彼女のことをまだ何も知らなかった。Tから聞いていた情報だと、今Tと私が通っている大学に昨年修士課程で在籍しており、卒業後はアメリカに帰って高校の先生を一年契約でしていた。契約が終わるとヨーロッパに飛び、貯めたお金でヨーロッパ各国やモロッコなどを巡っていたようだ。

キャンプの火にあたりながら何時間もWと話す。何を話していたのかほろ酔いであまり覚えていないが、意外と真剣な将来の進路の話や、親戚の病気(ガン)の話、介護の話などをしていた気がする。私が本屋さんで働いていた時の話をしたら、面白そうに聴いてくれた。

私はだいたいグラス二杯程度しか飲まなかったが、Wはどんどん飲み続け、気づいたら相当酔っ払っていた。酔っ払っていると気づいたのは、いきなり私に向かって周知の事実(トイレの場所、テントの場所など)を、さも今発見したかのように教えてくれた時だ。なんとも愛らしかった。あとは、昔ギリシャでヤギに噛まれた話を三回ぐらいしていた。Tも自分の姉妹が酔っていることに気づき、笑いながらもう寝よっかという。

とにかくWが泥酔状態だったので、二人でなんとかWをテントまで連れていくため、前と後ろでWをはさみ、上に登る。この姉妹もタンゴのワークショップに参加していたので、Tは楽しげに「私がリード、あなたがフォローよ」と途中でタンゴのルールを持ち出し、ワン・ツー・スリー・ワン・ツー・スリーとリズムを刻みながらひたすら上へ上へ登る。無事なんとかテントに付き、私は身体を拭いてパジャマに着替えて寝る。午前三時ぐらいの山の中。

つづく