六月八日@ウィーン

前日(七日)に色々悩みすぎて、ものすごく体調が悪くなり、気分が低迷する。ただ昔あったようななんとなく気分が沈んでずーっと鬱々とするのではなく、急激に悪化する感じだったので、一時的なものだとわかる。悩みに悩んで知り合いにすごく長い時間話を聞いてもらう。その中でイギリスでの研究費のこととか私生活のこととか、放っておくわけにはいかないことが見えてきて、どういうアプローチをしたらいいのか考える。

研究費の方は事務の人に言いたいことを言い、すると向こうもなぜか優しくなり(それが不気味なほど態度が変わったので上層部から怒られたのか、私が可哀想になったのかなんなのか)、とりあえず決断は一ヶ月以上待ってくれるらしいので、今決めないことにする。航空券とか滞在先の宿泊費は高くなる可能性が高いけど、今決めてしまうよりはよっぽどマシである。私が金でごねているという印象を先生にも大学にも与えているかも知れないが、むしろそれより不確定性の高さ及び大学の責任の押し付けが気に入らないけど、結局交渉するのは金である。先生が一部のお金を他のところから出せるかも知れないとなだめてくれたりして、なんだか申し訳なくなる。私のやるせなさがうまく表現できない。別にお金は(出したくないけど)自腹切っても良い。そうじゃなくて、大学からの扱いが気に入らないけど、それはわがままということなのだろうか。

私生活の方は今まで考えないようにしてたことを考えないとダメだなぁと思って、言語化した結果分かり合えなかった。というか、一般的に問題があったら話し合いが必要だけど、価値観が違いすぎて話し合いで解決しない絶望を感じた(おそらく絶望を感じているのはこちらだけ)。個人の価値観のすり合わせだから別にどっちがいいとか悪いとかはないと思う。これまで話し合ったら他人のことはわかると信じていたけど、実際深く誰ともわかり合ったことなど一度もないし、年々私は誰も理解できなくなってきている。研究費のメールのやりとりで頭も混乱していたので、一旦寝かせる。

頭の中がぐちゃぐちゃなのだが、ぐちゃぐちゃすぎて閾値を超えたのか妙に冷静になり始めて、ただひたすら博論のチャプターを書く。最後のGeneral Discussion以外を書き終えて先生に送って、もし金曜日までに時間があったら見てもらえるかミーティングして欲しいと聞いてみる。時間がないと言われる、直前に送ったからしょうがない。とりあえず大体できたので、明日は違う論文の直しをして、最後の木曜日と金曜日で修正加筆をして提出しようと思う(一応卒業に必要なプロセスだけど、とにかく出せばとやかく言われるものでもないし、実際に博論に使わないといけないものでもない)。

夕方、楽しみにしていた友達のインターネットラジオというか身内のボイスチャットがあったので、プラターを散歩しながらゆるゆると聞く。友人同士でネムルバカという漫画を読み合って、感想を言い合うというような回だったが、そこから音楽シーンのいろんなカルチャー背景を知れたり、それぞれの価値観とか信念とかコンプレックスみたいなのが垣間見えたり、すごくすごく深い場所だった。

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そのあと流れで、メインに喋っていた二人に私生活の話を聞いてもらう(そのうち一人は前日ににすごく長い間話を聞いてくれた人)。今日あったことを聞いてもらって、ただの友達なのにこんなに話を聞いてくれて純粋に「辛い」と言える人がいるのがありがたくて泣きそうだったけど、こんな歳にもなって泣くのは恥ずかしいので堪える。私は基本的に年齢なんて関係ないなと思ってるけど、この二人は自分より少しお兄さんで、だからかなんか受け止めてくれる感じで話を聞いてくれるし、寄り添ってくれてただただ感謝しかない。

明日からいきなり気持ちが晴れることはないと思うけど、でもなんだか山は超えた気がする。チャプターが大体書き上がったのも大きいかもしれない。自分はひどい人間だとおもうけど、でも他人を優先するがあまり自分に対してひどい人間ではありたくないと思う。